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山田 隆道
2017/03/25

【阪神】自分史上、もっとも印象深い開幕戦は2002年だった

文春野球コラム ペナントレース2017

 いよいよプロ野球の開幕戦が迫ってきた。我が阪神の開幕戦成績は、直近10年間で6勝3敗1分け。この数字を見る限り、近年の阪神は開幕戦に強いと言っていいだろう。虎党の私としては、ここに隔世の感を覚えてしまう。なにしろ、私が思春期および青年期を過ごした1980年代後半~2000年代初頭の阪神は、周囲から万年最下位のダメ虎などと揶揄されていた長く厳しい暗黒時代で、当然のごとく開幕戦にもめっぽう弱かった。

 とりわけ1991年~2001年までは、あろうことか開幕戦11連敗である。この間、阪神の開幕投手を務めたのは野田浩二(91年)、葛西稔(92年)、仲田幸司(93年)、湯舟敏郎(94年~95年)、藪恵一(96年、98年~99年)、川尻哲郎(97年)、星野伸之(00年~01年)で、私は毎年のように彼らの快投を期待していたのだが、いざ試合が始まると、ことごとく炎上した。

 思春期および青年期という人格形成において非常に重要な時期に、阪神はずっと弱く、ずっと開幕戦の期待と高揚感を叩きのめされてきたわけだから、私に植えついた開幕戦アレルギーは相当なものだったのだろう。だから直近10年間は勝ち越しているなんて、それだけでも誇らしい気分になるわけだ。

暗黒時代からの脱出を予感させた2002年の開幕戦

 そういう経緯があるからこそ、私にとって最高の開幕戦は今から15年前、2002年の対巨人戦なのである。前年までの阪神は4年連続最下位、11年連続Bクラス、開幕戦にいたっては先述の通り11連敗中。さらに前年の12月には当時の野村克也監督の夫人である沙知代氏が脱税容疑で逮捕され、野村監督もその責任を取るかたちで辞任するという、これ以上の闇はないんじゃないかと思えるほどの、まさに暗黒時代のどん底だった。

 そんな中、野村監督からバトンを受け継ぐかたちで星野仙一監督が就任し、記念すべき1年目の開幕投手に高卒4年目の左腕・井川慶(当時22歳)を初抜擢。このころの井川は前年に先発ローテーションに定着すると、いきなり192イニングスも投げて9勝13敗、防御率2.67(リーグ2位)の好成績をおさめたことから、将来のエースとして大きな期待を寄せられていた。制球はアバウトだが、ストレートは速くスタミナも抜群。阪神投手陣の中では数少ないパワーピッチャーで、スケールの大きさを感じたものだ。

2002年から5年連続で二桁勝利を挙げた井川慶 ©文藝春秋

 しかし、当時の私はそれでも井川に期待しないよう、自分に言い聞かせていた。それまでの10数年間、暗黒時代の阪神には期待すればするほど裏切られる、あるいは好成績が何年も続かない、そんなエース候補たちがいかに多かったことか。そう考えると、井川が二年続けて好成績を残すとは限らない。阪神というのは“期待を裏切ることを裏切らない”、そんな罪深い球団なのだから、井川への過剰な期待はむしろ彼にとっては縁起の悪いことかもしれない。当時の私はそんな捻じ曲がったマイナス思考に陥っていたのだ。

 だから、2002年の開幕戦で井川が巨人相手に1失点完投勝利(3−1)を挙げたとき、私の心臓は壊れそうなほど早鐘を打ち、あの井川の顔が少しだけ整って見えるほどの錯乱と興奮、そして喜びを感じた。なにしろ、12年ぶりの開幕戦勝利である。しかも巨人先発は上原浩治で、球場は巨人ファンがひしめく東京ドームだったからたまらない。これまで期待を裏切ることが定番だった阪神の若きエース候補が、この年ばかりは期待通りのピッチングを見せ、敵地で巨人のエースに投げ勝ったのだ。こんな痛快なことが他にあるか。

 これ以降、井川はエースへの階段を順調にのぼっていった。終わってみれば、2002年はリーグ最多の209.2イニングスを投げ、これまたリーグ最多となる8完投と4完封を含む14勝9敗1セーブ、防御率2.49の大活躍。奪三振王のタイトルも獲得した。

 当時、ある仕事の関係で元巨人の槙原寛己さんと角盈男さんに話を聞く機会があり、二人とも井川を絶賛していたことが今も忘れられない。暗黒時代、阪神出身の解説者だけに褒められる投手はたくさんいたけど、他球団出身の解説者に褒められる投手はほとんどいなかったから、なんだか鼻の奥がツンとしたのである。

 そして阪神自体も2002年に5年ぶりとなる最下位脱出(4位)を果たすと、翌2003年に18年ぶりのリーグ優勝、2年後の2005年もリーグ優勝。以降は現在に至るまで優勝こそないものの、Aクラスの常連チームとなり、たまにBクラスはあっても最下位は一度もない。あれだけ弱かった開幕戦も今は昔。暗黒時代は遠くなりにけり、である。

そして現在、すっかり過去の人となった井川について

 一方の井川というと、みなさんもご存じのとおり、あれから本当にいろいろあった。2002年~2006年まで5年連続二桁勝利を続け、数々のタイトルを獲得し、20勝やノーヒットノーランも達成したものの、2007年にMLBに移籍したところから人生が急転した。ここからの厳しい現実は詳しく書くまでもないだろう。とにかく、37歳となった現在は独立リーグの兵庫ブルーサンダーズと練習生契約を結び、粛々と復活を目指している。

 月並みな表現だが、今や井川はすっかり過去の人になってしまった。落ちぶれた元20勝投手、日本人メジャーリーガー最大の失敗例、契約金泥棒……などなど、彼のことを嘲笑するアンチもずいぶん増えた。決して好感度の高いタイプではないのだろう。

 だけど、私にとっては……やっぱり井川は特別な存在なのである。長く厳しかった暗黒時代の終わりに、救世主のごとく甲子園に現れた納豆嫌いの垢抜けない茨城男。ラジコンヘリやゲーム、名探偵コナンが大好きなオタク気質で、野球よりもサッカーの話題になったほうが熱く語り、クセ毛なのに汚らしい長髪にするもんだからアンチに笑われ、生涯獲得年俸はかなりの金額に上るもんだから厳しく批判もされ、大食感で倹約家で下戸で口下手で無表情でマイペースで協調性がなくて、たぶん空気を読めるタイプでもないんだろうけど、だけど、だけど、我が阪神を二度の優勝に導いてくれた生え抜きのエースで、開幕11連敗のトラウマを払拭してくれた恩人なのである。

 私は、だから今も井川を応援している。どんなに多くの人が鼻で笑おうが、どんなに忘れられた存在になろうが、私は開幕が近づくこの時期になると、いつも2002年の井川慶を思い出してしまう。若手の成長に期待するという、ファンとして当たり前の感情を呼び覚ましてくれた井川のことを胸に秘めながら、今季も虎のある日常を迎えようと思う。

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。

 

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