阪神のベテラン・鳥谷敬が、入団以来もっとも厳しい状況に立たされている。金本知憲監督は今季の正ショートに北條史也を指名し、これによって鳥谷は事実上のコンバート(今のところセカンドが濃厚)を余儀なくされた。また、そのセカンドとしてもレギュラーが確約されているわけではなく、ライバルたちとの競争に勝たなければならない。

 鳥谷といえば、過去10年以上にわたって虎の絶対的ショートに君臨してきた選手だ。ベストナイン6回、ゴールデングラブ賞4回の実績を誇り、2010年にはショートとしてのNPB史上最多記録となる104打点を叩きだした。しかし、そんな男であっても世代交代の波に襲われるのは当然のことだ。鳥谷にもついに来るべきときが来たわけだ。

背水のシーズンに挑む鳥谷敬 ©文藝春秋

ショートを追われた鳥谷に対して、新たに芽生えた感情

 実際、虎党の私としても、ここ数年はこれをずっと望んでいたところがあった。ただし、それは鳥谷からレギュラーを剥奪しろ、などといった個人的な負の感情ではない。北條のような伸び盛りの若手が正当な競争の果てに実績豊富なベテランからポジションを奪うという、いつの時代でもどこの球団でも当たり前のように繰り返されてきた、ごくごく自然な新陳代謝を我が阪神でも見たかったのだ。

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 だから昨シーズンの途中、鳥谷の攻守にわたる不振が長引いたことで彼の代名詞でもあった連続フルイニング出場の記録が途絶えたとき、私はそれを歓迎した。寂しい話ではあるものの、あの判断を下さないと阪神の改革は前に進まない。ベテラン偏重だとか、聖域だとか、そういった積年の病巣にようやくメスが入ったことが爽快だったのだ。

 しかし、だからといって鳥谷を応援する気持ちまで低下したかと問われれば、決してそうではなかったから人間心理とは複雑だ。むしろ私は先述の記録ストップ以来、これまでに感じたことがないほど“透明度の高い気持ち”で鳥谷を応援できるようになった。

 なにしろ、それまでは鳥谷をどれだけ応援していても、心のどこかでフルイニングしばりだとかショートの聖域化だとか、そういう悶々とした気持ち、つまり“心に濁り”を抱えていたのだ。だから、それが解消されたということは心の中が極めて透明になったということであり、結果として私は鳥谷のことをフラットな視点で見られるようになった。

 そして、そういう視点で鳥谷を見ると、やっぱり彼のことを心から応援したいと思ってしまう。透明度の高い気持ちで、鳥谷には復活してほしいと願ってしまう。たとえセカンドやサードを守るようになったとしても、まだまだ鳥谷の堅実なプレーを見ていたい。

 また、考えようによっては、今後の鳥谷はおおいに楽しみでもある。なにしろ、これまではショート・鳥谷しかほとんど見たことがなかったのだ。彼がセカンドやサードなどにコンバートされたとき、いったいどんなプレーを見せてくれるのか。コンバートは鳥谷にとって決して後退ではない。新生・鳥谷を見せるための大きな前進だ。

人気がある一方でアンチも多かった、鳥谷のプロ野球人生

 思えば、鳥谷という選手はプロ入り時からずっとエリートではあったものの、エリートだからこその濁りも抱えていた選手だった。2003年に早稲田大学から鳴り物入りの大物ルーキーとして阪神に入団し、当時の岡田彰布監督の方針によって、正ショートであった藤本敦士をセカンドにコンバートしてまで、ショートとしての英才教育を受けた。

 だから、鳥谷は人気がある一方で、そういう特別待遇に否定的な、いわゆるアンチも多かった。「奪ったレギュラーではなく与えられたレギュラー」「えこ贔屓でスタメン起用されている」「藤本がかわいそう」など、若手のころは多くの批判にもさらされた。

 また、タイプ的に単年で飛び抜けた数字を残すような選手ではなく、攻守ともに安定感のある数字を長く継続できることが最大の売りだったからこそ、「傑出した成績を残した年はない」「打撃タイトルを獲っていない(実際は2011年に最高出塁率のタイトルを獲得している)」などといった厳しい意見も常につきまとった。2009年に20本のホームランを放っても打率が.288に留まったから満足されず、翌年に打率.301を残しても今度はホームランが19本だったから満足されず、その翌年に二年連続3割を打っても、2014年には打率.313を記録しても、その閒ずっとショートとして高い守備力を維持していたとしても、なぜか鳥谷には「なんとなく物足りない」という印象がつきまとっていた。

 だけど、それも今はもういいだろう。あの鳥谷も年齢を重ね、自分の座を脅かす若虎も出現した。フルイニング出場の記録も途絶え、ショートの聖域も崩れた。繰り返すが、だからこそ今後は透明度の高い気持ちで鳥谷を応援したい。本当に復活してほしい。

 そして、この透明度がさらに高くなるのは、もしかしたら開幕後に彼の連続試合出場(現在1752試合)の記録も途切れたときかもしれない。誤解のないよう断っておくが、鳥谷が戦力として正当に機能したうえでの連続試合出場記録なら歓迎する。しかし、金本監督の現役晩年(2010年)のように、全試合出場にもかかわらず規定打席数未満などという、あからさまな記録しばりの出場なら、心の中に再び濁りが生まれるだろう。

 活躍が期待できるなら出場させる、できないなら無理に出場させない。そんな当たり前の采配が鳥谷に対しても振るわれるなら、その結果がどうあれ私は鳥谷を応援する。どこまでも透き通った気持ちで、新しい鳥谷の姿を見てみたい。そう思っている。

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。