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山本 一郎
2017/03/30

「科学よりも風評」「安全より安心」な日本人の感情論が科学を停滞させる

お茶の間の感覚より専門家を信頼して大事にすべきじゃね

世の中は、細かい分野ごとの専門家の組み合わせでできている

 それは、福島の原発事故の影響はほとんどなくなったとしても、いまだに福島産というだけで忌避する国民は多く、また福島から来た児童を「放射能がうつる」といじめる現状に通じるようにも思います。何してんだよお前ら。人は存外「何が正しいのか」には無頓着で、実際には「何を信じたいのか」を中心に生きていることの証左なのかもしれません。日本の科学がなぜ停滞するかの要因のひとつは、科学者や研究者ではない日本人が、これらの専門家を信用し信頼して、自分の分からないことを任せる、科学者や研究者がその請託に応えて効果的で正しく適切に学術成果を世に出すことに精励するという相互作用が摩耗してしまったことにあるのではないか、と思うわけであります。

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 私たちが知るべきなのは、専門家というのはすべての分野に詳しいわけじゃないんだよ、ということです。私だって投資や社会保障には詳しいけど、台風が来たときの被害について語れと言われても無理なのと同様、各分野にはその分野に熟達した専門家というのがいます。医師だって、総合医や救急の人たちは幅広い処置はできるけど本当に治療するとなれば専門医の出番になるのと同様です。また、すべての分野に知識を持つ人などいません。ある分野では超人のような泉のごとき知識量を湛えた人でも、ほかの分野ではからっきしの凡人で馬鹿っぽいことを放言するなんてよくあるわけですよ。

 世の中は、そういう細かい分野ごとの専門家の組み合わせでできている、と認識しながら、問題をうまく処理したり、将来を正しく見定められる社会にしていかないといけません。メディアも目線を下げて読み手や視聴者に迎合するだけでは駄目であるし、何かボタンの掛け違いを正さない限り、なかなか日本の科学技術をどうにかしようにも物事が改善しないのではないか、と危惧する毎日です。