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橋賀 秀紀
2017/04/15

飛行機から引きずりおろされないための5つの基礎知識

プロが教える「旅の新常識」

 4月9日、ユナイテッド航空のシカゴ発ルイビル行きの便でオーバーブッキング(過剰予約)が生じた結果、乗客が無理矢理引きずりおろされた動画はTwitterやFacebookを通じて拡散し、世界中をかけめぐった。

 ユナイテッド航空の搭乗に関する騒ぎといえば、3月末にレギンスでの搭乗を拒否された少女をめぐって大論争がわき起こったばかりだ。

レギンスでの搭乗はアリかナシか? 飛行機のドレスコードを考える
http://bunshun.jp/articles/-/1988

 今回の事件では、「オーバーブッキングで飛行機から降ろす任意の4人がすべてアジア系であったから人種差別だ」(そうした事実は確認されていない)、「引きずり下ろされたのは中国人だ」(実際はベトナム系アメリカ人の男性)と不確かな情報が流布した。

 また、引きずり下ろされた人が過去に薬物がらみで医師免許を剥奪されたという報道もあったが、それが事実であるにせよ、今回の事件とはかかわりのないことである。

 さらに、これだけ騒ぎが拡大した最大の理由は引きずり出される動画のインパクトにあるが、あの引きずり出しを行ったのはシカゴ空港の航空当局の保安担当者であり、ユナイテッド航空ではない(なお、この担当者は、航空当局によると「定められた手順に従っておらず、容認できない」として、停職処分となっている)。オーバーブッキングに対する対処やCEOの対応などに問題があるのは事実だが、これらを混同しては、事実を見誤る結果となるだろう。

オーバーブッキング騒動の影響を受け、ユナイテッド航空の株価は一時急落した。これは時価総額にして約1100億円にあたる

■日本の航空会社でも「引きずりおろし」の可能性はあるのか?

 日本航空や全日空など、日本の航空会社は、共通の「フレックストラベラー制度」を設けており、オーバーブッキング時の対応を統一している。これは、協力金(振り替え便が当日なら1万円もしくは7500マイル、翌日以降なら2万円もしくは15000マイルと宿泊費用)を乗客に提示するものだ。これでも振り替えに協力する乗客が見つからない場合は、個別に交渉することになる。

 アメリカの航空会社は、オーバーブッキングの際に、強制的に乗客を降ろさせる法的な権利をもっており、各社のホームページにもその旨明記されている。しかし、日本の航空会社はこうした権利をもっていないので、そもそもこうした事態は発生しないといえる。

■オーバーブッキングで積み残しになる確率は?

 そもそも、オーバーブッキングの結果、積み残しになる確率はどのくらいあるのだろうか。

 アメリカでは、自発的な意思でなく、搭乗を拒否された人は年間に約4万6000人。アメリカの主要航空会社の国内線の旅客数は6億1300万人なので1万3326分の1(1万人あたり0.75人)ということになる。

 日本での積み残しについては、国土交通省が3か月ごとに詳細なデータを発表している。

フレックストラベラー制度に関する情報(2016年7~9月)
http://www.mlit.go.jp/common/001158336.pdf

 これによれば、日本の国内線の航空会社ごとの「積み残し」の確率は以下の通りである(1万人あたりの人数)。

日本航空・ジェイエア 0.23
全日空・ANAウイングス 0.32
日本トランスオーシャン航空 0.12
スカイマーク 0.00
AIRDO 0.00
琉球エアーコミューター 0.32
日本エアコミューター 0.18
ソラシドエア 0.49
スターフライヤー 0.00
平均 0.24

 4万1666人に1人。これを低いとみるか高いとみるかは人それぞれだろうが、天候や機体の整備不良などによる遅延や欠航のリスクと比較すると、圧倒的に低いとはいえる。しかもそのほとんどは搭乗前に積み残しが判明しており、今回のようにいったん機内に搭乗してから降ろされるというのはきわめてまれだといえるだろう。

■そもそもオーバーブッキングとは最悪なのか、それともラッキーなのか?

 今回の報道では、無理矢理引きずりだされる姿から、オーバーブッキング=最悪という印象が強いが、翌日のフライトに振り替えを承諾した乗客に対して、最終的に1000ドル(約10万8800円)の補償金+ホテル代という条件が提示された。翌日仕事なのでどうしても休めない人にとってオーバーブッキングは最悪だが、予定に融通がきく人にとってはむしろ福音といえる。

 たとえば、以下のリンク先にはTBSアナウンサーの安住紳一郎氏が、日本の国内線で1万円を出すことを条件に搭乗を辞退する人を募集したアナウンスが行われてから30~45秒後には人が殺到し、締めきりになる情景を描写している。

安住紳一郎が語る 空港で人々を動揺させる館内放送と対処方法
http://miyearnzzlabo.com/archives/21443

 なかには、こうしたボランティアに名乗り出ることでバウチャーや金銭をゲットすることを狙い、最初からオーバーブッキングが起きそうな便に予約を入れる強者もいるほどなのだ。

 こうしたことから、オーバーブッキングで修羅場になることはきわめてレアケースである。今回のケースについていえば、補償金は最大1350ドルまで引き上げられたので、さらに金額を上げれば、ボランティアに名乗り出る人がいたかもしれない。

■なぜオーバーブッキングをなくすことができないのか

 航空会社が高額の補償金を出さなければならないにもかかわらず、なぜオーバーブッキングはなくならないのだろうか。

 航空会社はつねに実際の席数よりも多くの予約を入れる。これは、実際にはノーショーといって搭乗しない客が一定の割合で存在するからだ。

 もちろん大手航空会社は、天候や時刻、乗継などを含めたビッグデータにもとづき、どのくらい重複予約を入れるのかを判断する。以下の記事では、スーパーボウルなどのイベント時、感謝祭、クリスマスなどには重複予約をあまりとらないことや、補償のバウチャーが航空会社にとってはとるに足らないことなどが明らかにされている。

航空会社がオーバーブッキングする理由―統計専門家に聞いてみた
http://jp.techcrunch.com/2017/04/12/20170411overbooking/

 しかし、いくらビッグデータにもとづくといっても、実際はふたを開けてみないとわからないことも多い。航空会社によっては、ぎりぎりまで多めに予約を入れる傾向がある。そうすれば搭乗率は上がり、収益性が高まるが、代わりにオーバーブッキングは増える。

 別の航空会社は安全策をとって予約をぎりぎりまでは入れない。そうするとオーバーブッキングのリスクは減少する。その代わりに搭乗率は下がり、航空会社の収益性は低下する。いずれはまわりまわって我々乗客に運賃の値上げという形で降りかかってくる。

 前述したオーバーブッキングでの積み残しの可能性についていえば、アメリカの航空会社は日本の航空会社よりも3倍以上積み残しがある(アメリカでは1万人あたり0.75人、日本では0.24人)。

 これは、それだけアメリカの航空会社が多めの予約をとっているか、日本人が従順で、補償金を提示されたらあっさり引き下がるか、そのどちらかといえる。あるいはどちらでもないのかもしれない。

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