上本博紀はこんなもんじゃない。昨季までの彼について、そんなフラストレーションを抱えている阪神ファンは多いのではないか。今季でプロ9年目、7月には31歳になる。決して若手ではない。今こそバリバリ活躍してもらいたい中堅選手だ。
だけど、上本が秘めているポテンシャルを考えると、私はまだまだ今後の成長や覚醒といった大きな可能性を感じてしまう。ついつい若虎に抱くような期待感で胸をふくらませてしまう。身長173センチ、体重65キロ(いずれも公表値)というプロ野球選手としては小さな体、さらに関西弁で言うところの“シュッとした”小顔の持ち主。その昔は「阪神の選手は六甲おろしの強風で顔が歪んでくる」なんてジョークも囁かれていたが、上本はそういう“阪神顔”(決してイケメンではない)の系譜からは大きく外れた選手だ。実際、同じ早大の先輩・鳥谷敬と並んで、チーム屈指の女性人気を誇っている。
若手時代の上本に見た大きな夢
そんな上本についてのフラストレーションとは、これはもう完全に期待の裏返しだ。内野守備はあまり得意ではないようだが、その高い打撃センスはルーキーのころから注目されており、これまで多くの阪神OBがいわゆる天才肌だと評してきた。打席に入ると、バットと体を小刻みに動かし、直腸あたりをクネクネさせながら投手に対峙する(最近は少しおとなしくなったが)。今風の顔立ちには似合わない、ともすれば珍妙な打撃フォームながら、バットコントロールとミートセンスは抜群でヒットゾーンも広い。
さらに小柄ながらパンチ力もあって、甲子園のバックスクリーンに大きなアーチをかけたこともある。阪神ではかつて真弓明信が身長174センチと小柄ながら、高いアベレージと俊足に加えてホームランも打てるトップバッターとして長く活躍したが、私は若手時代の上本にそれに近い可能性を感じていた。真弓ほどの長打力とはいかないまでも、かつての近鉄・大石大二郎のような選手になれるんじゃないか、そんな夢を見ていた。
故障に次ぐ故障……上本を襲い続けた厳しい現実
しかし、昨季までのプロ8年間で、上本はそれだけのポテンシャルに見合った成績を残せていない。調子のいいときは固め打ちをしたり、時にアクロバティックなバッティングを披露したりもするため、天才肌の片鱗は幾度となく見せてきたものの、それが決して長続きはしなかった。
キャリアハイは2014年。主に1番・セカンドのレギュラーとして131試合に出場し、打率.276、7本塁打、20盗塁。以降、その才能が一気に開花するのではないかと期待したものの、翌年は打撃不振と故障によって低迷。さらにその翌年(つまり昨季)も故障に悩まされ、わずか45試合の出場に留まった。
そう、上本は故障の多い選手だった。若手時代なんかレギュラーをつかみかけるたびに故障を繰り返すもんだから、いつも見ていてハラハラした。靭帯の損傷や骨折、重度の腰痛など、もしもプロ野球故障名鑑なんてものがあったら、上本の欄は真っ黒だろう。
また、上本は天才肌だからか、制約の多い打順に座るとバッティングが狂うところもあった。主に2番を任された2015年は打撃成績が低迷したが、その原因について「2番という打順のため、バントや進塁打を意識しすぎて、バッティングが小さくなっていた」と指摘する評論家諸氏の声を何度も聞いた。上本は自由に打ってナンボなのだろう。
今度こそ、本当に今度こそ、覚醒するのではないか?
そんなこんなもあって、今季でプロ9年目。現在の阪神は金本知憲監督のもと若返りを促進しているため、ファンやマスコミの注目は高山俊や原口文仁、北條史也といった次代の若虎に移っているわけだが、私の中ではいまだに上本への想いがくすぶり続けている。
上本博紀はまだまだこんなもんじゃない。早いもので30代に突入したけれど、彼は故障さえなければ、彼は自由に打ちさえすれば、あの天才肌のバッティングが一気に覚醒するかもしれない。小さな体を珍妙にクネクネさせながら、驚くようなパンチ力を発揮するかもしれない。若手時代の上本に感じた可能性、その答えはまだ出ていない。彼の答案用紙はまだ返ってきていない。そんな気がしてならないのだ。
だから、である。今シーズンはまだ始まったばかりだが、ここまでの上本が故障もなく試合に出続けており、以前は苦しんだ2番という打順に座りながらも、なんとか3割近い打率を維持していることに妙なドキドキとハラハラを感じてしまう。オープン戦から持ち前の固め打ちを披露し、4月9日の巨人戦では試合を決めるホームランも放った。高い打撃センスと意外性のあるパンチ力、それでいて良いのか悪いのかよくわからない、つかみどころのなさも相変わらずだ。もしかしたら今度こそ今度こそ、本当に今度こそ、あの上本が覚醒するのではないか。2番だからといって小技にとらわれすぎることなく、彼らしい珍妙なフリースイングを貫いてほしい。
思えば昨季の阪神は、金本監督が掲げた『超変革』のスローガンのもとフレッシュな若虎が次々に頭角をあらわしたが、その一方で上本や大和といった中堅選手は一気に存在感を失った。本来、この中堅選手が若手を引っ張り、なおかつベテランを支えるという絶妙なバランスがあってこそチームは強くなるのだと思うと、上本は極めて重要な存在だ。相変わらず守備は不得手なようだから、それを補って余りあるような高い打撃成績を期待したい。遅咲きでもいい、天才肌が天才と呼ばれる日を心待ちにしたい。
最後にもう一度。上本博紀はこんなもんじゃない。
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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。