阪神・藤浪晋太郎の株が下がり続けている。昨季は7勝11敗とプロ入り以来最低の成績に終わり、今季の巻き返しが期待されたものの、去るWBCでは首脳陣の信頼を得られず、今季初先発となった4日のヤクルト戦でも不安定な投球を見せた。5回2失点という結果だけを見ればまずまずかもしれないが、与四死球9で奪三振0はいただけない。課題とされていた制球難が一向に改善されていないどころか、彼の長所であった奪三振能力まで消えてしまったということだ。
おまけに5回のヤクルト・畠山和洋の打席では、頭部に近い左肩に死球をぶつけ、乱闘騒ぎにまで発展した。激高する畠山に頭を下げたあと、うつろな表情でマウンドに立ち尽くす藤浪。あの一連を見たとき、私は彼の精神面にかつてないほどの危うさを感じた。以前から一部で噂されてきたイップス疑惑が脳裏をかすめたのである。
阪神とは縁がないと思っていた大阪桐蔭高時代の藤浪
それにしても、藤浪はいったいどうしたのだろう。いつからこういう投手になったのだろう。思えば2012年、大阪桐蔭高校のエースとして甲子園で春夏連覇を達成したときの藤浪は本当に輝いていた。「浪速のダルビッシュ」なんて言われていたっけ。
だから当時の私は、彼のことを遠い存在として見つめていた。普通、大阪の高校からスタープレーヤーが出てきたら、我が阪神に入団してこないかな、なんて夢を見るものかもしれないが、彼についてはあまりにスケールが大きすぎて、どこか非日常的なところもあって、かえって私の中に現実的な想いが芽生えなかった。もっとも、藤浪の阪神入団を望んでいなかったわけではない。どうせ阪神のことだから、ドラフトで藤浪の指名を回避するか、もし指名したとしても抽選で外すだろう、と高をくくっていたのである。
なにしろ、それまでの阪神はドラフト1位の抽選で12連敗中だったのだ。最後に当たったのは84年ドラフト1位の嶋田章弘。その嶋田も広島との競合、つまり1/2の確率を制しただけで、それ以上の球団が競合した、いわゆるドラフトの超目玉を引き当てたとなると、79年ドラフト1位の岡田彰布(6球団競合)までさかのぼる。
かくして、岡田以降にあらわれたドラフトの超目玉、たとえば清原和博や野茂英雄、松井秀喜、中田翔などは、時の阪神がいくら指名しても、ことごとく抽選で外した。競合をあえて回避して、少し評価が落ちる選手を一本釣りで狙うという弱気な戦略をとった時期もあった。その結果、いつしかドラフトの超目玉は私の中で現実感を伴わなくなった。“どうせ”阪神とは縁がないはずだ、そんな「どうせの虫」が騒ぐ存在となったのだ。
いつだって「どうせの虫」を撃退してくれた藤浪
しかし、藤浪はこの忌まわしい「どうせの虫」を見事に撃退してくれた。2012年ドラフトで4球団競合の末に当時の阪神監督・和田豊が藤浪の交渉権を引き当てたとき、私は比喩ではなく本当に飛び上がって喜んだことを覚えている。
振り返ってみれば、藤浪という選手は阪神入団以降も常にそういう存在だった。いくら黄金ルーキーと期待されようが、若手が順調に育たない阪神のことだから、松坂大輔や田中将大みたいに高卒1年目から活躍するのは“どうせ”無理だろう。いくら高校時代に最速153キロを記録しようが、選手を小さくまとめてしまう阪神のことだから、“どうせ”プロでは140キロ台に落ち着くのだろう。いくら1年目は活躍しようが、若手がすぐにチヤホヤされる阪神のことだから、“どうせ”2年目のジンクスにはまるのだろう。
そんな過去の阪神にありがちだった悪例から想起される数々の「どうせの虫」を、藤浪は高卒1年目からの3年連続二桁勝利、常時150キロ台で最速が160キロ、高卒3年目で奪三振王の初タイトルを獲得……などの偉業によって次々に撃退してくれた。
だから私の中での藤浪は、いつしか圧倒的な超人強度みたいなものを感じさせる投手となった。私の悪いクセである「どうせの虫」がいくら襲ってきたとしても、この藤浪だけはビクともしないのだろう、涼しい顔で払いのけてくれるのだろう。あの2メートル近い長身もいい。藤浪の最大の魅力は、常人離れしたスケールの大きさだ。
そして2017年。早いものでプロ5年目を迎えた藤浪は、過去最大の逆風に苦しむようになった。あれだけ大きかった藤浪への期待感も今では失われつつあり、ネットを見ると「どうせ今年もダメだろう」などといった、阪神ファンの冷めた意見も増えてきた。
どうせ今年もダメだろう……。そう、“どうせ”。「どうせの虫」が再び。
だからこそ、私は思う。この新たな「どうせの虫」についても、藤浪はこれまでみたいに撃退してくれるのではないか。しばらくローテを飛ばすのもいい、二軍でミニキャンプを張るのもいい。とにかく、いずれは驚異的な底力を発揮してくれるのではないか。
そもそも藤浪は中学3年で早くもAA世界野球選手権大会(現在の15U世界野球選手権大会に連なる)の日本代表に選ばれ、卒業後に進学した名門・大阪桐蔭高校でも二年春からエースとなった、まさにエリート中のエリート投手だ。もしかしたら、現在の不振が彼の野球人生にとって初となる、大きな挫折なのかもしれない。
ならば、私はそんなエリート投手がもがいてもがいて、もがき苦しんだ先につかむ、新たな境地にやっぱり期待したい。同級生の大谷翔平と投手としても差がついてしまったことを素直に認め、現状を受け入れつつ、だけど「“どうせ”藤浪は大谷に及ばない」と周囲の誰もが思うなら、それを痛快に覆す藤浪の可能性をまだまだ信じていたい。
あかん、そんなふうに無理にでも前向きに考えたら、だんだん藤浪の今後が楽しみになってきた。「ものは考えよう」にすぎない話だが、それでもいいと思っている。
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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。