忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は尾崎世界観さん。
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小学生から中学生になって、それだけで劇的に世界が変わった。女子と話していても「付き合ってる」と囃し立てられないし、トイレの個室に入って大きい方していることがバレてもなんともない。窮屈な世界から解放されて浮かれていた。「うんこ」と「ちんこ」以外の下ネタも解禁されて調子に乗っていた。調子でサーフィンしていた。
そんなある日、夏休みという絶好の波を前に、真っ暗な闇に飲み込まれた。
中学生になって初めての夏休み前日、配られた通知表を開くと、視界に飛び込んできた1は4つもあった。周りを埋めつくす2と、申し訳なさそうに存在する3。そのまま丸めて食べてしまいたくなったけれど、思った以上にしっかりしたその紙質のせいですぐに断念した。
その日から生活が一変した。なかでもテレビが禁止になったことは大きな事件だった。まず何より、大好きな国分佐智子さんに会えなくなった。(国分佐智子さんは、当時放送されていた深夜番組「ワンダフル」に出演していたワンダフルガールズ、通称ワンギャルの中の1人。現在は林家三平さんの奥さん)
毎夜、ワンダフルが始まる時間になると落ち着かなくて、真っ暗なテレビ画面をどれだけ見つめても、泣きそうな顔をした自分と目が合うだけだった。瞼を閉じて、今頃ひな壇に座っているであろう国分佐智子さんをイメージするけれど、どうしてもうまくいかない。
こうしている間に国分佐智子さんがどんどん遠くに行ってしまう。自分の知らない国分佐智子さんになってしまう。(そもそも何も知らなかったのに)
そんな毎日に発狂しかけていたある日、CDコンポの普段使っていないボタンに気が付いた。藁にもすがる思いで押したラジオのボタン。
ディスプレイには4桁の数字と一緒に、小さな波の音が広がった。目を閉じて最小に絞った音に耳をそば立ててみると、テレビとは全く違う世界があった。
音だけの情報を頭で考えて形にすることで、今まで、一方的に受け身の状態で触れていた表現を、自分から取りに行く喜びを覚えた。ワンダフルに出ている国分佐智子さんはイメージ出来なくても、顔も見た事がないラジオの中の人達は簡単にイメージ出来た。
その日から毎夜、部屋のドアが開いたらいつでも消せるように、布団のなかでCDコンポのリモコンを握りしめて目を閉じた。
知らない人が知らない話をしているという事が堪らなかった。あの頃の自分にとって、知らない、難しい、という事は可能性だった。わからない事があるということが嬉しくてしょうがなかった。
答えよりも、考えている事が重要だった。ラジオが、答えよりもその事を教えてくれた。
あの瞬間から、眠れない夜が宝物になった。
そして、ラジオのなかでいくつもの音楽に出会ってバンドを始めた。
宮下さんの文章を読んでいると、小学校に入りたての頃、家での癖が抜けずに、つい間違えてお母さんと呼んでしまった担任の先生が「お母さんだよ」と言って優しく微笑んでくれたときの顔を思い出す。