メディアで最近よく目にする、「今キテる!」という言葉が怖い。

 たまたま興味を持った対象が、「今キテる!」だった時の恐怖は計り知れない。

 他人が好きなものではなく、自分が好きなものを。

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 流行を追うのではなく、流行から逃げるをテーマに、一風変わった失敬な人々が、「今キテない!」を紹介する失敬なエンタテインメント!

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中臀筋は最高

中臀筋……お尻の筋肉の一つ。大臀筋の影に隠れているが、歩行を支える、日常生活における大切な筋肉。©iStock.com

 私は、探していた。そして見つけた。それは決して、簡単な道のりではなかったけれど、違和感を頼りにようやく探り当てた。

 ずっとその瞬間を待っていたのに、なんだか照れてしまって、なかなか素直になれなかった。そうね、私の悪いクセね。でも見つけた。本当よ。

 ここではないどこか、その連続だった。嫌になって見て見ぬ振りをしたりもした。どうしてもつきまとう違和感に、向き合っては、惑わされて、その度に掻き乱された。

 でも、もうそれも終わり。そして始まった。まさに、一筋の光。そう、それは筋……。筋肉なの。

 あの日、私は絶望的な気分で商店街を歩いていた。なんだか疲れてしまって、ヤケを起こしてね。めちゃくちゃになってしまいたかった。

 商店街の外れにある寂れた整体院に入って、財布から取り出したスタンプカードを受付の男に渡した。びっしりとスタンプで埋め尽くされたカードをね。

 彼は困っていたわ。それはそうよ。だってそのスタンプカードは、行きつけの整体院「ほぐし〼」のスタンプカードなんだもの。余談だけど、「ほぐし〼」はスタンプカードがいっぱいになると施術が一回無料になるの。

 困惑する受付の男に、私はかまわず言った。

「いいからやってちょうだい、忘れさせてよ」

 自分でも驚くほど、声が震えていた。きっと酷い顔をしていたと思う。そんな私に根負けしたのか、最初は戸惑っていた彼も、最後は口の端に微かな笑みを浮かべて頷いてくれた。

「知らない、あなたが見つけて」

 どこかお疲れの所はありますか? なんてありきたりな言葉にはもううんざりだった。どの男も決まってこの台詞。あれは気遣いじゃない、甘えよ。

 30分くらい経った頃かしら、体に電流が走ったの。 これを待ってたんだ、ずっと待ってたんだ、と心底思ったわ。誰もたどり着けなかった私の奥に触れた瞬間。その時確かに、私は私に触れたのよ。今までどうしても届かなかった、私の奥底に触れた瞬間だった。

 溢れた気持ちが頬とタオルの間に沁みていって、冷んやり気持ち良かった。

「こ……これは?」

 男は、寄り添うように、丁寧に教えてくれた。私が探していたのは、「中臀筋」だと知った。説明を終えると、男はもう一度悪戯っぽく中臀筋を圧した。

「キャッ、ちょっとやめてよ。いや、やめない…で…」

 それから色んな話をしたわ。お互いのこと。

「ねぇ、あなたさえ良ければここのスタンプを貯めさせてくれない?」

 最後にそう尋ねると、男は口の端に微かな笑みを浮かべて頷いてくれた。そして、そのスタンプカードがいっぱいになって、あのスタンプカードと同じになって、私たちは約束通り町の教会で結婚したわ。そう、見つけたのは中臀筋だけじゃなかった。

 中臀筋は最高。欲を言えば、キーホルダーにして手の中に握りしめて、四六時中圧していたい。あなたも試してみて。きっと、何かが変わるはずだから。

千葉県 45歳フリーター あげ満津子


 他の店のスタンプカードでマッサージを頼む…なんて失敬な。頼むあなたもあなたなら、やってしまう店も店ですね。でもその甲斐あって見つけた「中臀筋」、実に興味深いです。調べてみると、文字通り「臀部」、他に「大臀筋」や「小臀筋」もあるんですね。主な働きは股関節の外転、内旋で、足を踏み出す時の動作に欠かせない大事な筋肉。大臀筋に覆われてしまっている所もミステリアスで魅力的です。

 確かに、マッサージに行くと、気持ち良いのと同時に「ここではないどこか」を感じる事がありますよね。かと言って、どこだ? と聞かれれば答えることが出来ない。完全なんてないんだ、人間はなんて切ない生き物なんだ、と肩を落としたりします。

 その点、あなたは凄い。多少強引で突っ込みどころはあるけれど、その執念には頭が下がります。最後の吉田拓郎風味のエンディングもなんだか壮絶ですね。

 考えてみれば、普段歩く時、踏み出す瞬間は片足ですよね。そんな、頼りない瞬間の連続で前に進んでいるんですね。それが出来るのもバランスを取って支えてくれる「中臀筋」のお陰。実に興味深いです。

 もう、すぐにでも、「中臀筋」始めたいです。信頼出来る相手を見つけて圧して貰おうと思います。今日も前に進んでいける感謝の気持ちを込めて、しっかり労ってあげたいと思います。

「失敬エンタテインメント!」編集部