メディアで最近よく目にする、「今キテる!」という言葉が怖い。

 たまたま興味を持った対象が、「今キテる!」だった時の恐怖は計り知れない。

 他人が好きなものではなく、自分が好きなものを。

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 流行を追うのではなく、流行から逃げるをテーマに、一風変わった失敬な人々が、「今キテない!」を紹介する失敬なエンタテインメント!

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沈黙してよ!

「ふき江さんとはもう長い付き合いになるんだけど、彼女はアタシにとって、なくてはならない存在ね。映画館と言えばふき江さん。ふき江さんと言えば映画館」と笑うのは相方のヒデミさん。

 お世辞にも白いとは言えない、もっと言うと真っ黄色な歯を見せて笑うヒデミさん。もっと言うと、笑うな。いくらなんでも、黄色過ぎる。

「ヒデミは妹のような存在。ふふふ、笑っちゃうよね、こんな関係で妹だなんて。でも、予告の間だけ、そして映画館でだけ、私達は姉妹でいられるのよ」と目を細めるふき江さん。

 その目は愛しい肉親に向けられる目、その物だ。でも、いくらなんでも細過ぎる。細め過ぎだ。もう、糸みたいで、寝てるの? と思う程。

 そんな2人が出会ったのは派遣会社。筆者も常々気になっている、映画館で予告編が流れる間、平然と大声で、どうでも良い会話をしているおばさん。そのおばさんを派遣している会社があるのだと言う。

「そりゃあ私だって、最初は驚いたわ。だって、それって嫌がらせじゃない。でも違ったの。予告が流れている時に、近くで会話をされると気になるでしょ? そうすると、無意識に頭の中で、その会話を排除しようとするでしょ? じゃあここで質問! それでどうなる? そう、正解! 予告に意識が行くわよね! 狙いはそこ! そこなの! お客さんは会話から意識を逸らす為に、集中して予告を見てくれるし、本編と同時にピタリと会話を止めた私達に安心して、喜びすら覚える。不安と苛立ちが一瞬で喜びと安堵に変わるの。これって最高じゃない?」とヒデミ。

 なるほど、そういう事か……。変だけど、言ってる事はわかる。あぁ、あの「じゃあここで質問!」が本当に腹立つ。

「多い時は、6つくらいの現場をこなすわ。もちろん全部ヒデミと一緒よ。ヒデミと一緒に居るとあっという間に時間が過ぎるの。ただ、近々ヒデミに言わなければいけない事があって、娘が結婚する事になったからそれを機にこの仕事を辞めたいと思っているの。もう良い加減、私も普通に映画を観たい。出来れば向こう側に行きたいのよ。じゃあここで質問! 私が今、観たい映画は? 残念……正解は、『沈黙-サイレンス-』でした〜」とまくしたてるふき江。

 辞めろ辞めろ。もう、今すぐにでも辞めろ。なんなら俺がヒデミに言ってやる。なんだよこれ。それにしても、「じゃあここで質問!」の破壊力凄まじいな。

「私、ふき江さんに隠し事があるの……あなたには言ってしまうわね。だってもう耐えられないから……。もう限界だから。実は、私……実は……トモコなの。ヒデミは偽名なのよ。もうこれ以上隠し切れないわ。でも、ある時、ふと思ったの。ふき江さんは本名かしら? ねぇ、あなたどう思う? ふき江さんはふき江さんかしら?」とヒデミ、いや、トモコ。どうでもいい。どうでもよ過ぎる。あぁ、どっちでもいいなぁ。

「ヒデミ……落ち着いて聞いてね……。娘、娘がね……結婚するって言うのよ。いきなりこんな話を……ごめんね。でもヒデミには、1番最初に伝えておきたくて。これを機に、私……この仕事を辞めようと思うの。こんなの、いつまでも続けて行く仕事ではない。それはヒデミも一緒でしょう? ヒデミならわかってくれるよね? これからは、別のスクリーンで頑張って行きたいの。私は、真っ白なスクリーンに、新しい人生を映したいのよ!!! って言うのはどうかしら? あなたどう思う?」とふき江。言えよ。だから、それをそのまま直接言えよ。それに、あいつはトモコだぞ! もう、滅茶苦茶だ。

 以上……。

 なんでしょう、この記事。

東京都 38歳ライター 伊藤よーじ

 編集部一同、そんな職業があるのか、と目から鱗でした。確かに、映画館には必ずと言っていい程、予告が流れている時に大きな声で会話をしているおばさんが居ますよね。ちなみに私は、予告を密かな楽しみにしていて、気になった映画のチラシを持ち帰って、帰りの電車で読むのを習慣にしています。

 それだけに、実に興味深い記事でした。そして、その職業に合点がいきました。無意識のうちに、あのおばさん達にコントロールされていたなんて。

 それに、ふき江さんが今観たい映画が、「沈黙-サイレンス-」と言うのも、職業柄なんだかシュールですね。

 これから、映画館へ行くのがますます楽しみになりました。

「失敬エンタテインメント!」編集部

©神藤 剛