メディアで最近よく目にする、「今キテる!」という言葉が怖い。
たまたま興味を持った対象が、「今キテる!」だった時の恐怖は計り知れない。
他人が好きなものではなく、自分が好きなものを。
流行を追うのではなく、流行から逃げるをテーマに、一風変わった失敬な人々が、「今キテない!」を紹介する失敬なエンタテインメント!
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KEIKO I LOVE YOU
最近は大相撲が流行っているらしいね。チケットが取れなくなって大変だってニュースになっていたし、周りでも、今まで興味すら持ってなかった人が人気力士の名前を口にしたり、番付を部屋に貼っていたり、盛り上がりを感じるよ。そんな大相撲に、先日行ってきたんだ。生まれて初めての両国国技館は、テレビで見るよりも大きくて、その真ん中に申し訳なさそうに小さな土俵がちょこんとあって、何人もの人間が忙しそうに動き回ってたよ。
序盤の取り組みは淡々と進んでいって、気がついたら終わっているの繰り返しで全然頭に入ってこなかった。映画で言ったら、あれは予告編だな。周りの観客もペチャクチャとどうでもいいことを喋っていて、土俵なんて見ていなかったしね。引き上げていく力士にも覇気がなくて、俯いて歩くからどっちが勝ったんだかわからなかった。
気がつけば徐々に観客も増えてきて、空気も湿り気を帯びてねっとり絡み出したよ。それと同時に土俵に上がった男が何かを持って回っているのが見えた。後から調べたら、あれは懸賞旗って言うんだね。企業がスポンサーになって懸賞金を出すと、その企業の懸賞旗が土俵上をぐるぐる回るっていう仕組みなんだな。
「KEIKO やっぱりあなたには私しかいない」
おかしな文面を見つけて二度見したんだけど、その後の場内アナウンスで確信に変わったよ。
ここからは勝手な推測になるんだけど、あれは恐らく何らかの行き違いで離れ離れになった男に対してのKEIKOさんからのメッセージだろうな。
あくまで企業を装って、巧妙な手口で、今この場で相撲観戦をしているであろう男に向けられたメッセージだ。きっと相手はかなりの相撲狂いだったんだね。でも、それにしてはちょっとツメが甘いような気もしたね。気持ちが前に出過ぎていて、まだ「私信」の感が拭えていない。勇み足だね。ただ、次の取り組みからが凄かった。
「KEIKO 使えば使うほどに、肌になじむ」
これには参ったね。化粧品を匂わせつつも、2人の夜の情事が脳裏に鮮明に浮かんで散ったよ。使えば使うほどに、肌になじむ……確かにね。俺も身に覚えがあるからよくわかるよ……俺の話はいいか。そこからはもう止まらなかったよ。いつの間にか取り組みそっちのけで、いくつかの中から、KEIKOさんの懸賞旗を探し出す事に夢中になっていた。そして、もう完全にKEIKOさんを応援していた。
「KEIKO 暮らしと安心……あなたが帰る場所」
素晴らしい。住宅関係の宣伝と思わせながらも、しっかりと的を射ている。そうだ、お前の帰る場所はKEIKOだよ。きっと美味しい料理を作って待ってるはずだ。お前が出て行った部屋を、毎日健気に掃除して待ってるんだ。だからとっとと帰りなよ。お互いがあってこその生活なんだ、痛み分けだろう。手に汗を握る。
「KEIKO やめられないとまらない〜」
あっ、これはお菓子だな。〜で終わってるのがミステリアスで、より気をひくね。口の中で一瞬で溶けてしまいそうな言葉だね。そうだよな、大事な事は一瞬で溶けてしまうんだよな。確かに口の中にあったはずなのに、伝えようとした頃にはもう無くなってる。言葉はなんて厄介なんだ。でもKEIKOさん、あんたは大したもんだよ。あいつにもきっと伝わっているはずだから。さぁ、いよいよ結びの一番だ。KEIKOさん、ビシッと決めてくれ。
「KEIKO I LOVE YOU」
来たー! これだよこれ。最後は気持ちで寄り切って、勝負あり。軍配はKEIKOさんにあがったよ。やっぱりこれぞ日本の心。思っていることを素直に伝えるのが何より大切だよ。KEIKOさん、あんたの想いは必ず届いた。これはもう、俺が保証するよ。さぁ、これからまた取り直しで第二の立会いが始まるね。どこの誰だか知らないけどさ、これからはしっかりKEIKOさんを可愛がってやんなよ。
相撲って良いよな。すっかり魅力に取り憑かれたよ。
茨城県 48歳 どすよ来い
編集部一同、肩透かしをくらいました。そんなことがあるんですね。これからは懸賞旗にも注目してみます。でも、ちゃんと相撲を見ないと! 力士の命懸けのぶつかり合いを、しっかり目に焼き付けてください。
KEIKOもKEIKOですよね。神聖な国技を何だと思っているんでしょうか。実に失敬です。よく金あるよなぁ、と感心してしまいました。
それにしても、「I LOVE YOU」に対して、「これぞ日本の心」って……。まぁ何にせよ、勉強させて頂きました。
ごっつぁんです。
「失敬エンタテインメント!」編集部