1985年作品(101分)
CBS/SONY
VHSのみ

 子供の頃は映画の知識に疎く、また作品の情報を事前に知る手段もテレビCMくらいしかなかった。だから、数少ない情報を元に内容を予想して、それを基準に映画館に行くかどうかを判断していた。

 そのため、観に行った作品が時としてその事前の予想と全く異なることが多々あった。

 筆者にとって、アニメ映画『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』が、そんな一本だ。

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 元になったのは、サントリーのビールCM。可愛らしいペンギンたちのアニメと松田聖子の歌う「SWEET MEMORIES」の織りなす映像は多幸感にあふれるものがあり、子供心を奪われていた。それが映画になったということをテレビで知り、当時七歳だった筆者は親にねだって映画館に連れていってもらった。ペンギンたちによる楽しくて暖かいファンタジーの世界が待っている……はずだった。

 が、予想は打ち砕かれた。そこで展開されたのは、可愛らしいビジュアルイメージからは程遠い物語だったのだ。

 まず、あらすじを紹介する。

 主人公のマイクは元兵士。戦場から帰還した彼を故郷の人々は英雄として迎えるも、マイクは前線での地獄の記憶に苦しみ続けていた。街を出て図書館司書として働き始めたマイクは歌手志望のジルと恋に落ちていくことになる。

 ――そう。本作は、PTSDに苦しむ帰還兵の再生の物語だったのだ。ペンギンの「メモリー」とは戦場の地獄の記憶。当然、七歳の子供に理解できるようなテーマではない。特に冒頭十分以上も繰り広げられる密林での戦闘シーンは、同時期に作られた映画『プラトーン』ばりの壮絶さだった。

 期待していたのとは全く異なる、ペンギンたちによる大人のビターな物語が目の前を過ぎていくのを、ひたすら呆然と眺めるしかなかった。観終えてから帰宅するまで気が重く、ずっと無口でいた。この映画の記憶は頭の片隅に封印しようと思っていた。

 だが、時を経るに従い、その記憶に対する味わいが変化していくことに気づく。観ながら感じていた苦味が、いつしか消えていたのだ。

 代わって訪れたのは、追憶への甘酸っぱさだ。夕陽に煌めく波止場にたたずむマイク、セピア色の図書館でジルと本を探すマイク、青く輝く湖でジルとボートをこぐマイク――。そうした美しいシーンの断片たちが、今はたまらなく懐かしく、そして愛しい。

 映画の情報を何も知らずに観たことによる衝撃と、時間を追いながら醸成されていく作品への想い。いずれも、情報も感想も速度が尊ばれるようになった現在の映画環境では味わいにくくなった、贅沢な経験といえるかもしれない。