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鼠入 昌史
2017/05/02

1日で巡る、行楽地の「駅前」だけ楽しむ小さな旅

競馬場、野球場、夢の国を「寸止め」で味わう

 行楽シーズン真っ盛り。となれば、あちこち遊びに出かけたいものだ。そして電車で行楽地に行けば、必ず“玄関駅”を使うことになる。ふだん、何気なく通り過ぎるだけの行楽地玄関駅。でも、実はそんな駅にも知られざるドラマがあったりする。というわけで、行楽地最寄り駅のドラマを少しだけ紹介しよう。

数万人がゲートイン――府中競馬正門前駅(京王電鉄 競馬場線)

 日本ダービーなど競馬開催日には数万人、そしてただの平日には50人いるかいないか。そんな利用者数の大きなギャップが魅力の府中競馬正門前駅。文字通り府中競馬=東京競馬場の最寄り駅で、ゲート……もとい改札口を出ると競馬場まで最後の直線……もとい連絡歩道橋が続いている。

駅前で迎えてくれるのは「アハルテケ」像。イラン北部の砂漠地帯で飼われ始めた馬種。黄金の馬とも呼ばれる

 で、多くの競馬ファンが意識しているかどうかはわからないが、駅は地上にあるのに歩道橋を渡って入る競馬場のフロアは地上3階。それだけ駅と競馬場の間には大きな高低差があるのだ。これはいにしえ、多摩川の浸食で作られた河岸段丘の際(府中崖線)がちょうど駅と競馬場を挟む間に通っているから。府中競馬正門前駅、競馬場のアクセス駅にして、そんな母なる大地の雄大さも教えてくれるのである。

 ただ、困りものなのはこの崖のおかげで競馬場からの帰り道、1階の正門を出ると急坂を登らないといけないこと。財布もすっかり軽くなって足取りも重いオケラたちに迫る最後の府中の急坂は、あまりにも過酷だ。

通路を抜けるとパドック。ちょうど「競馬と鉄道」展が東京競馬場内の「競馬博物館」で開催中(17年8月27日まで)
平日は閑散としている

屋台の香りと松崎しげるの歌声――西武球場前駅(西武鉄道 狭山線・山口線)

 狭山丘陵の一角にある駅を出ると屋台グルメが香りたち、聞こえてくるのは松崎しげるが歌う西武ライオンズ球団歌。アアア、ライオンズ。まさに行楽シーズンらしさたっぷりの西武球場前駅は、西武ライオンズの本拠地・西武ドーム(今はメットライフドームというらしい)の最寄り駅だ。

行楽地、という言葉がふさわしい駅前

 西武球場開場(ライオンズ誕生)にあわせて開業したと思われがちだが実は歴史が古く、1929年に村山貯水池(多摩湖)観光の拠点として作られた。当時の駅名は村山公園駅で、その後村山貯水池際駅、村山駅、狭山湖駅と変遷して西武ライオンズ球場誕生に伴って1979年に西武球場前駅になった。

 そしてこの駅で忘れちゃならないのが西武山口線、通称レオライナー。レールと車輪で走る鉄道ではなく、ゴムタイヤで走るいわゆる新交通システムの路線だが、かつては西武園ゆうえんちとユネスコ村を結ぶ「おとぎ列車」であり、蒸気機関車まで走っていた。

レオライナーはゴムタイヤで走る

 思えばユネスコ村は西武球場と並ぶ西武球場前駅近くの目玉施設のひとつだった。が、ユネスコ村は2006年に閉園し、今この駅を使う人は球場利用者が大半に。村山公園駅の時代から、ユネスコ村とおとぎ列車を経てライオンズ。西武球場前駅は、堤康次郎・義明親子の築きし西武王国の激動の歴史を見守ってきた駅なのだ。

駅名表示板は堤父子の「西武王国」に何を思うか
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