活気ある下町で少し大きな商店街があるようなエリアなら、昭和時代にはおでん種屋と製麺屋は必ずあった。
麺の玉売りは江戸時代中期の江戸にあったというが、今のような生麺やゆで麺、うどん、細うどん、きしめん、そば、ラーメン、焼きそばなど麺勢ぞろいの製麺屋ができたのは昭和30~40年代の頃である。小麦粉・そば粉の輸入が急激に増えて、戦後復興の好景気を背景に製麺所は大都市周辺に営業を開始していった。
鵜の木「早川製麺所」の立ち食いコーナー
立食いそば屋などの大衆そば屋はそういう製麺屋から麺を仕入れることが多い。つまり、製麺屋は川上の商売、そば屋は川下の商売といってよい。この川上の商売の製麺屋が川下のそば屋を兼業してしまったという店がある。以前紹介した「三松」も製麺所直営の店である。
「こんなにたくさん美味しい麺があるのなら、店先で食べさせてくれよ」というお客さんの要望に応えて始めた店もある。
大田区鵜の木駅からすぐにある早川製麺所は、店正面の左路地に入ると小さい立ち食いコーナー「立喰はや川」があって、お客さんがひっきりなしに入店している。
そばうどんはもちろん、ラーメンや焼きうどん、焼きそばなどのメニューもあるから楽しいわけである。ここの蒸して作る焼きそばは最高にうまい。
浅草駅から徒歩30分「小畑製麺所」のシコシコ生麺
浅草駅から北東方向の橋場にある「めん処おばた」は併設する小幡製麺所が営業するスタンドそば屋だ。
小幡製麺所は綾瀬の立ち食いそば屋「会津」にも麺を卸しているし、かなり広域に販売している古参の製麺所だ。
浅草駅から歩くと30分はかかるが、日本堤まで足を延ばせばモツ焼き・モツ肉販売の「針谷」もあるし居酒屋「丸千葉」もある。吉原大門の方に行けば天丼の「伊勢屋」も近い。
昼時前に行けば、出汁をとる機械「出汁ロボ」が活躍している。注文都度茹での生麺なので、もりそばから天ぷらそばまでシコシコの生麺のそばに出会える。
このあたり、明治後期にはうどんなどを作る製麺所もあったそうで、東京の製麺所の原点ともいえる地域だ。そんなことを考えながら散歩するのも一興である。
店頭で小売りをしていなくても、麺を卸しながらカウンター席の大衆そば屋や立ち食いそば屋を営む店もある。
「蕎麦一心たすけ」の天ぷらはどれを選べばよいか
三田駅すぐや八重洲にある人気店「蕎麦一心たすけ」は小野製麺の直営店であり、小野製麺は旗の台駅前の「だし家」にも麺を卸している。
「蕎麦一心たすけ」は麺もうまいのだが、どの店も天ぷらが充実している。春菊天、ナス天、かき揚げ天あたりはイチオシである。
八重洲店はあの「よもだそば」の隣である。八重洲立ち食いそば戦争の中心地だ。両方ともうまいので、近隣の立ち食いそば好きのオフィスワーカー達はどちらにするか悩む日々を送っていることだろう。
製麺所と商店街のdiversity
街散歩をしていて製麺所を発見すると、なんだか気分が高揚する。麺をていねいに並べたガラスケースには哀愁を感じてしまうわけだ。
多くの街の製麺所は創業して50~60年を迎えていて、個人食堂などがかかえるのと同様に、後継者不足や老朽化といった局面を迎えている。
実はあの千束の名店「ねぎどん」もかつては裏路地の東屋製麺で麺の小売りをやっていたが、今は製麺の方は閉店している。
製麺所はここ数年で減少の一途をたどっている。いつの間にか消えていく店が多いのだ。
東京の下町商店街にはおでん種屋と製麺所は必要だ。据わりがよいし、アクセントになる。
製麺所は商店街のdiversityにとっては不可欠なのだ。これ以上なくならないように、皆さんも製麺所にも顔を出して、麺を買ったりそばを食べたりしていただきたい。
きっとどこのお店の女将さんも「うちの麺はそこいらのとは違うのよ。またお願いしますね」と嬉しそうに話しかけてくれるはずだ。
写真=坂崎仁紀
立喰はや川
東京都大田区鵜の木2-16-7
営業時間 7:00~14:00(早川製麺所は夕方まで営業)
定休日 日