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宇野 維正
2017/05/06

映画『昼顔』の上戸彩、そのエロティシズムの本質とは?

女優が脱がなくなった理由と、肌の露出よりエロい映画的フェティシズムについて

 もしかしたら、大きなスクリーンでちゃんと上戸彩と出会うのは今回がほとんど初めてかもしれない。いや、2010年代に入ってからだけでも、『おしん』や『武士の献立』といった時代もの、あるいは『テルマエ・ロマエ』シリーズといったドタバタ・コメディなど、上戸彩の出演映画はあるにはあった。でも、現代を舞台にしたシリアスな物語で役を演じる大人になった上戸彩をスクリーンでじっくり見るというのが、妙に新鮮だった。6月10日公開の映画『昼顔』の試写の最中、自分はただただずっと上戸彩の美しさに見惚れていた。いや、もっと正直に言おう。ようやくスクリーンを通してちゃんと出会うことができた31歳・人妻・子アリ(劇中では34歳・バツイチ・子ナシ)の上戸彩は、なんだかもう、とんでもなくエロかった。

2014年夏に放送された連続ドラマ「昼顔~平日午後3時の恋人たち~」を映画化。監督/西谷弘 出演/上戸彩、斎藤工、伊藤歩、平山浩行ほか ©2017フジテレビジョン 東宝 FNS27社

 と、そんな下世話(本当にすみません)な書き出しを読んで「え? 3年前のドラマではどっちかっていうと吉瀬美智子の方ががんばってたけど、今回は映画ってこともあって上戸彩もがんばってるの?」と期待した方。残念でした。今回もそういう意味(肌の露出)ではそれほどがんばってません。あと、ドラマではがんばり要員だった吉瀬美智子、今回の映画には出てません。ところで、こうして女優の「脱ぐ/脱がない」について男が書いたりすると、「性差別」や「性の商品化」の文脈で炎上しかねないこのご時勢、言葉遣いには気をつけなくてはいけないのかもしれないけれど、それについてはちょっと書いておきたいことがある。

「上戸彩が脱ぐか脱がないか問題」について

 そもそも「上戸彩が映画で脱ぐか脱がないか」という問題自体が、実は最初からまったく存在しない問題なのだ。現在の日本の芸能界、テレビ界、映画界における「タレント」を取り巻く環境を単純化して言うなら、ドラマや映画は名前と顔を売る宣材であり、実益はCMの契約料で得るというもの。その傾向は、売れっ子になればなるほど強くなっていく。上戸彩は数年前まで圧倒的なCMクイーンで、現在も複数のナショナル・クライアントと契約している。また、特に彼女が所属するオスカープロモーションは「安いギャラでもいいからとにかくテレビ局にドラマ出演を売り込んで、そこでタレントとしてのステータスを確立させてCM契約を獲得する」というその方法論を極端に先鋭化させてきた事務所だと言われてきた。あ、もちろん現在の上戸彩はドラマでも映画でも結構なギャラが設定されていると思いますよ。でも、上戸彩はそうした芸能界の新しい風潮の「申し子」的な存在だった。

 で、タレントがそういう戦略の中で仕事をしてきた以上、「映画で脱ぐ」という選択肢そのものが、最初からそこにはない。ここからは上戸彩とかオスカープロモーションとかの個別の話ではなく一般論として書くが、タレントのCM契約には「イメージの保全」という条項がある。で、契約書の違反事項として「逮捕」や「不倫」などと並んで、必ずしも「ドラマや映画で脱がないこと」みたいに明記されているわけではないらしいが、そこは流行りの言葉で言うならタレント側の「忖度」の部分。作品的な必然性があって、仮に女優自身が脱ぐことも厭わないと決意したとしても、そこで「イメージの保全」と天秤にかけるリスクを冒すにはCM契約から得る報酬のバランスが大きすぎるのだ。

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