「千本(京都の地名)に当時あったんだよ。こっち(「ヤクザ」を表す手振り)のやってる博打場がさ。当時俺、これ(「おいちょかぶ」を表す手振り)にはまっちゃってさ。それがまたね、清純派のね、栗山たかこを連れてるの。もう、かわいかったんだ、当時の栗山さん。何とかいうね、プロダクションのね、貢物だったらしい。当時はそういうのよくあったんだ」

 ミッキー・カーチスがある映画会社幹部にまつわる昔話を身振りや手振りや隠語を交えてそう話し始めると、浅丘ルリ子が平然とこう言い放つ。

「今だって(枕営業は)あるわよ」

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 そんな浅丘ルリ子の隣に座って、目を白黒させながらたたずんでいるのは石坂浩二である。えー、ちなみにカッコ内の注釈は筆者によるもの、役名だとわかりにくいので演者の名前でそのまま書かせてもらっていますが、言うまでもなく、浅丘ルリ子は石坂浩二の元妻。で、石坂浩二が浅丘ルリ子と結婚する前に同棲していたと言われている加賀まりこは、石坂の部屋を夜こっそり訪れてこんなふうにアタックをしかけてくる。

「あたしの事、どう思う? うん……そりゃあ、あたし、年だけは取ったけど、昔となんにも変わってないのね。スリーサイズも、まあおおかたそのまんまだし、肌も不思議なくらい若い頃のままなの。脱げって言われりゃ、今だってすぐ脱ぐわよ」

 一体これはマジなのか、ギャグなのか、ホラーなのか。おそらくは、そのすべてである。往年の超有名俳優たちのこんな会話が真っ昼間から毎日繰り広げられている、間違いなく今の日本で最もヤバいコンテンツが、4月3日から始まったテレビ朝日の連続ドラマ『やすらぎの郷』だ。脚本は倉本聰。そして、その倉本聰をモデルとしているとしか思えない主人公の老脚本家を演じているのは石坂浩二。共演は浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、五月みどり、野際陽子、藤竜也、ミッキー・カーチス、八千草薫、山本圭、風吹ジュン、名高達男ら昭和の映画界、テレビ界を支えてきた錚々たるスターたちに加えて、草刈民代、常盤貴子、松岡茉優といった人気俳優ばかり。それらレギュラー陣以外にも、今後も驚くような大物ゲストが大勢登場するとのこと。作中ではニックネームで呼ばれるキャラクターも多く、八千草薫は「姫」、浅丘ルリ子は「お嬢」、松岡茉優は「ハッピーちゃん」。ハ、ハッピーちゃん? 一体これはマジなのか、ギャグなのか、ホラーなのか……。

テレビ朝日ドラマ「やすらぎの郷」制作発表記者会見に出席した(前列左から)有馬稲子、八千草薫、倉本聰氏、石坂浩二、浅丘ルリ子、加賀まりこ、五月みどり、(後列左から)松岡茉優、草刈民代、常盤貴子、風吹ジュン、藤竜也、ミッキー・カーチス ©時事通信社

ストーリーは「シルバー世代のギャルゲー」

 タイトルの『やすらぎの郷』は、これまでテレビ界に貢献をしてきた役者、監督、脚本家だけが老後に無料で入れる老人ホームの名前。主人公の石坂浩二は認知症を患った妻・風吹ジュンが他界したのをきっかけに、以前から風の噂には聞いていて、妻の介護に専念するようになってからは誘いも受けていたその老人ホーム、「やすらぎの郷 La Strada」に入居する。そこで再会することになるのが、かつて仕事を一緒にしてきた前述した通りの伝説の大女優たち。テレビ朝日が視聴者のターゲットとして公言していたシルバー層を超えて、放送から2週間を過ぎてネット上では若い世代の間でも話題騒然となっている本作。誰が言ったか、「シルバー世代のギャルゲー」という言葉が、ここまでのストーリーを最も的確に表しているかもしれない。

 倉本聰自身による「テレビ局は若者向けのドラマばかり作っているから年寄りは見ても面白くない。だから、ゴールデンタイムに対抗する『シルバータイム』を作ろう」という働きかけから実現したというこの企画。時代が時代なら、倉本聰の代表作の多くを放送してきたフジテレビがのってきてもよさそうな話だが、現在のフジテレビの上層部にそのような気概はなかったようで、近年シルバー層の視聴者をつかんで好調のテレビ朝日が昼の編成にメスを大胆に入れて枠をこじあけた。その意気に応えて、ということもあるのだろう、現在82歳にして8年ぶりの連続ドラマ(前作はフジテレビで放送された『風のガーデン』)というのが信じられないほど、倉本聰の筆は冴えわたっている。いや、冴えわたっているだけでなく、とにかく唯我独尊にして傍若無人。なにしろ、このご時勢にあって、主人公をはじめ多くの登場人物が最初から最後まで煙草をスパスパ吸いまくっているのだ。

82歳の倉本聰 ©文藝春秋

これは倉本聰による「最後のミッション」か

 ヘヴィスモーカーだらけ、お昼のドラマなのに下ネタも容赦なく飛び交い、現在のテレビ界や芸能界に対する愚痴や小言も次から次へと。そんな本作を「老害ドラマ」と批判するのはたやすい。たやすいというか、倉本聰はむしろそういう批判が巻き起こることこそを期待しているのではないか。「先のない老人ほど怖いものはない」というのは北野武の映画『龍三と七人の子分たち』のテーマでもあったが、倉本聰の『やすらぎの郷』は地上波テレビ番組表のど真ん中に位置する「テレビ朝日」の「お昼」に、そんな「最後のミッション」を過激にやり遂げようとしている。

 設定では、老人ホーム「やすらぎの郷」を作った人物は、かつて芸能界のドンと呼ばれた大手芸能事務所の元会長、加納英吉ということになっている。

「加納英吉っていやあ当時は芸能界のドンだった。どの局もみんなおびえていたもんだぜ」
「中平剛が事件で干された時、加納さんが怖くてどの局も使えないっていうんで、直接会いに行って直談判したんだ」
「悪名を馳せてたあのワルが、そんな夢みたいな慈善事業に財産つぎ込むかね?」

 そんなヤバい会話が、毎日のようにシレッと地上波テレビの番組で放送されているスリル。「テレビ界に貢献をしてきた人のみ」「ただし、テレビ局から一度でもサラリーをもらっていた人間は、テレビをダメにした元凶はテレビ局だから入居できない」「入居する際には所属している事務所から抜けること」。そんな厳しい入居条件に考えを巡らせてみると、「おいしい話には裏がある」としか思えない老人ホーム「やすらぎの郷」。果たして、これからどんなドンデン返しやオチが待っているのか。そして、「シルバー世代のギャルゲー」状態はどこまで暴走するのか。半年間、固唾を飲みながら、時に爆笑しながら、その行く末を見守りたい。