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能動態でも受動態でもない「中動態」を知ると少し生きやすくなる

著者は語る 國分功一郎『中動態の世界――意志と責任の考古学』

『中動態の世界――意志と責任の考古学』(國分功一郎 著)

『暇と退屈の倫理学』で“暇人”の効用を説き、世に衝撃を与えた哲学者の國分功一郎さん。新刊『中動態の世界』は、雑誌「精神看護」での連載が元になっている。英文法で教えられるのが「能動態(~する)」と「受動態(~される)」の区別だが、本書のタイトル「中動態」はそれら二つの起源にある、古典ギリシア語など嘗てのインド=ヨーロッパ語に広く存在した動詞の態を指す。

「大学生の頃その存在を知り、自分の専門であるスピノザ哲学と深いところでつながっている、という感覚はずっとありました」

『暇と退屈の倫理学』で人間には“ぼんやりとした退屈に浸っている”状態が大切だ、と主張した点が、アルコールや薬物などへの依存症の回復に有効なアプローチたり得る、と専門家や当事者から指摘され続け、とうとう本格的「中動態」研究に乗り出す。

「哲学研究の世界ではここ100年ほど、自発性、主体性、言い換えれば“意志”の存在が疑われています。僕は実際に“近代的意志”の存在を前提とした“常識”が人間に明確な害を及ぼしている現場に遭遇した。依存症の方々は、意志が弱い、と周囲から思われ、自分を責め続けています」

こくぶんこういちろう/1974年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学准教授。著書に『スピノザの方法』『暇と退屈の倫理学 増補版』『ドゥルーズの哲学原理』『来るべき民主主義』『近代政治哲学』などがある。

 國分さんの著作はしばしば「ミステリー的」と評される。ギリシア語最古の文法書『テクネー』の解読から「中動態」探しの旅は始まり、20世紀フランスの言語学者バンヴェニストの「能動態」再定義に力を得、捜索過程でハイデッガーの弟子ハンナ・アレントに「つきまとわれ」、哲学的言語探究は核心へと向かう。

「力に怯え心ならずも従う――カツアゲや性暴力、各種ハラスメントで顕著ですが、非自発的同意という事態が日常にはゴロゴロある。能動性、受動性という概念にうまく当てはまらない状況なんです」

 そこに“こうなったから、どうしていこうかな”という中動態的カテゴリーを持ってくると、少し生き易くなる。第8章「中動態と自由の哲学 スピノザ」で本書は山場を迎える。

「『エチカ』を今回、ラテン語で暗誦するほど読み込み、分かってきた部分がある。過去や現実の制約から完全に解き放たれた絶対的自由など存在しない。逃れようのない状況に自分らしく対処していくこと、それが中動態的に生きることであり、スピノザの言う“自由”に近付くこと。僕はこの本で自由という言葉を強調したかった」

『中動態の世界――意志と責任の考古学』
古典ギリシア語等に存在した「中動態」はなぜ消えたのか? そこには「意志」と「哲学」の発生が絡んでいた――。バンヴェニストとアレントを道連れに、「中動態の消失」と「意志の発生」をめぐる言語探究の旅は続く。日本語にもあった「中動態」、メルヴィルの小説の登場人物を巡る考察など驚きと発見に満ちた全9章。

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