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山本 一郎
2017/05/11

オタクがオタクでなくなるとき

「ヤメヲタ」はオタク活動を終止するとき何を遺すか

いずれ夢から醒めたとき、我が人生に悔いなしと言えるのかどうか

 オタクは、想像力とこだわりの精神で成立する存在です。特殊な方面の文化の担い手であると同時に、偉大なる消費者でもあります。コミックマーケットでも文学フリマでもe-sportsでもコスチュームプレイでも、その世界ごとのトップがはっきりと見えている中で、知識と活動をベースにした実に見事なヒエラルキーを形成しています。そこでは若い人がそのジャンルに常に供給され、新しい刺激が想像力を掻き立ててくれてはじめて、札束で殴り合う熱心なイキりオタク同士の熱狂が市場を形成するわけです。

 しかしながら、そういう熱狂はいずれ冷めてしまいます。新しい市場に、新しい刺激に、新しい分野に人が流れていくと、価値が暴落して衰退する分野に白色矮星のようにとどまるオタクだけが取り残され、限界集落で先はないのに生まれた地で死にたい老人のごとき仙人のようなオタクだけになります。

 ひとりのオタクとしてひしひしと感じるのは、好きなものに熱中して何が悪いという開き直りを持つ反面としての、その熱中から冷めたときの寂寥感、そして引退に追い込まれたり、ぬるい活動しかできなくなった後の、ぽっかりと開いた自分の空洞です。家内の「子供の教育とあなたのゲーム、どちらが大事なの」という優しい問いかけで、少年時代から大好きだったゲームを心の中で箱に入れ、二度と開かないかもしれない物置の中にしまい込むことになるわけですよ。

 だからこそ、いまゲームやアニメ、アイドルに熱中している若者や、コミケにコスプレに頑張っている人たちにこそ、偉大なる趣味の一部であることの誇りと人生で置き忘れてはならない大事なものとのバランスを考えてほしいと切に願うわけであります。好きだから熱中しているのは美しいし、応援したいんですけど、いずれ夢から醒めたとき、良い青春だった、我が人生に悔いなしと言えるのかどうかって、超大事だと思います。本当に。

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