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連載世界経済の革命児

大西 康之
2017/06/19

「好きな時にサーフィンに行っていい」パタゴニア創業者 イヴォン・シュイナードの思想

世界経済の革命児

パタゴニア創業者 イヴォン・シュイナード ©朝日新聞社

 その会社の日本支社は、横浜市戸塚区にある。

 アウトドア衣料品の老舗、米「パタゴニア」が世界各国に展開する支社は、すべて海のそば。社員をサーフィンに行かせるためだ。戸塚のオフィスを訪ねると、日本支社長の辻井隆行は笑顔で言った。

「今頃、うちの社員が何人か、波に乗りに行ってるかもしれませんね」

 月曜日の午前中だった。

「let my people go surfing(社員をサーフィンに行かせよう)」

 パタゴニア創業者、イヴォン・シュイナードが2005年に出した本のタイトルである。78歳になった今もサーフィンをこよなく愛するシュイナードは言う。

「いい波が来ているのにサーフィンに出かけないなんて、どうかしている」

 非上場企業であるパタゴニアの財務データは公開されていない。売上高は500億円未満と見られ大企業とは言えないが、登山家、釣り人、サーファーであり、ビジネスマンでもあるシュイナードの思想は、世界の経営者に多大な影響を与えている。

 その思想を象徴するのが、「好きな時にサーフィン(山登りでもスキーでもサイクリングでも構わない)に行っていい」という独特のマネジメント。これは単なる放任ではない。

 勤務時間中にサーフィンに行けば仕事が遅れる。それは自分の責任で、残業や休日出勤で取り戻す。いつ働き、いつ遊ぶのか、上司に相談するようでは一人前とは言えない。

 職場を離れれば仲間の負担が増えるから、いい波が来た時に「楽しんでおいで」と送り出してもらうには普段から周囲とのコミュニケーションが欠かせない。午後からサーフィンに行こうと企んでいる日の午前は、いつもより仕事が捗る。

 自由を与えることで、社員の責任感、効率性、協調性を高めている。「仕事、家族、遊びを切り離してはいけない」とシュイナードは語る。「あれをするな、これもするな」と社員をがんじがらめにしつつ、「ワーク・ライフバランスを高めろ」と無茶を求める大企業の対極にある。

 創業は1957年。自宅の裏庭でロッククライミング用のハーケンを作り始めた。1972年、ロッククライミングの人気ルートの岩が無残に傷つけられているのを目の当たりにし、岩を傷つけない「クリーン・クライミング」を提唱。自らその第一人者となる。1973年に「パタゴニア」ブランドを立ち上げた。

 目標とするのは「100年後も持続可能なビジネス」。「死滅した地球の上でビジネスは成り立たない」と環境保護活動に取り組む。売上高の1%か利益の10%、どちらか多い方を環境保護団体に寄付する「地球のための1%」を始めたのは1986年。CSR(企業の社会的責任)という言葉が生まれる前の話である。

 それでもシュイナードは「私は環境活動家ではなく、ビジネスマン」と自負する。どんな立派な活動も利益を生まなければ「単なるお遊び」だと言い切る。「道徳のない経済は犯罪。経済のない道徳は寝言」と言った二宮尊徳と同じである。

 資源を使って商品を作るビジネスは基本的に環境を損なう。しかし、ビジネスが人間の生活を豊かにしているのも事実。ならば、極限まで地球への負荷を減らす形でビジネスを成立させよう、というのがシュイナードの思想である。

 1993年には世界で初めてペットボトルなどの再生ポリエステルを使ったフリースを発売。1996年にはすべての綿製品をオーガニック・コットンに替えた。

 目下、シュイナードが熱心に取り組んでいるのは「多年生小麦」の普及だ。小麦や米は、毎年タネを撒いて刈り取る「単年生」。これは収穫量を増やすために改良された種で、土壌への負荷が大きい。土壌は石油と同様、限りある資源であり、浪費しているといずれ地球上から耕地が消えてしまう。リンゴのように同じ株から毎年収穫する多年生に置き換えれば、農業が持続可能になる。

 辻井は、2007年に来日したシュイナードの言葉が忘れられない。シュイナード流マネジメントを日本で実践したら、日本支社の売上が急落した。結果を出せなかった辻井が詫びると、シュイナードは言った。

「そんなことはどうでもいい。君の仕事は20年先の日本社会を考えることだ」

 吹っ切れた辻井が、目覚ましい成果をあげたのは言うまでもない。

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