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池田 清彦
2017/06/18

寄生虫があなたの行動を決めるとしたら

池田清彦が『心を操る寄生生物』(キャスリン・マコーリフ 著)を読む

『心を操る寄生生物』(キャスリン・マコーリフ 著 西田美緒子 訳)

「風邪をひいても世界観は変わる。故に、世界観とは風邪の症状に過ぎない」と看破したのは、ロシアの劇作家・チェホフである。チェホフの言葉にニンマリする人も、しかし、世界観に限らず、政治的立場や嫌悪感情なども、我々の体に入り込んだ寄生生物に操られていると聞いたら、驚くに違いない。

 ウイルス、細菌、原虫、寄生虫といった、いわゆる寄生生物は我々の体の健康を脅かすばかりでなく、精神にも甚大な影響を及ぼす。心は脳の機能であり、脳は体の一部であるから、寄生生物が脳に影響を与えるのは、考えてみれば当然であるが、大方の現代人は、自分の心は自分だけがコントロールできると信じている。動物の行動ならいざ知らず、ヒトの心が寄生生物に操られるわけがない、と思っているに違いない。

 しかし、ヒトも動物の一種である以上、進化の基本法則から逃れることはできない。寄生生物は自らの種の生き残り確率を最大化するように進化する。トキソプラズマという原虫はネコが最終宿主で、ネコの腸内で有性生殖をおこなって、糞便中にオーシストと呼ばれる胞子状の子虫を放出する。これがネズミの体内に入ると、シストと呼ばれる厚い殻に囲まれた子虫の集合体になり、筋肉や脳に入り込む。ネコがこのネズミを食べると、シストが取り込まれ、ネコの腸内で有性生殖が行われ、トキソプラズマの生活環が完成する。

 ネズミの脳内に入ったトキソプラズマはネズミの行動を操作して、ネコに食われやすいように、ネズミの行動を活発に大胆にする。トキソプラズマはネコを飼っている人間にも感染し、全世界の人口の30%が脳にトキソプラズマを住まわせている。トキソプラズマにはヒトの脳とネズミの脳の区別がつかないから、感染した人間は恐怖心や注意力が薄れ、交通事故に遭いやすくなるという。本当かしらと思う人は、是非本書を読んでみてほしい。これに類した話がてんこ盛りだ。

Kathleen McAuliffe/サイエンスライター。アイルランド・ダブリン大学卒。80年代から活躍し、「ディスカバー」誌、ニューヨーク・タイムズ紙などに寄稿。これまで多くの賞を受賞してきた。マイアミ在住。

いけだきよひこ/1947年生まれ。生物学者。早稲田大学教授。山梨大学名誉教授。近著に『真面目に生きると損をする』など。

心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで

キャスリン・マコーリフ(著),西田美緒子(翻訳)

インターシフト
2017年4月15日 発売

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