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西澤 千央
2017/06/22

【DeNA】不条理を抱えた男・久保康友が私を狂わせる

文春野球コラム ペナントレース2017

 この世の中は不条理に満ちています。みんなでご飯を食べに行って、自分の頼んだメニューだけこない。比較的良好な関係を築いていたはずの出版社の忘年会に、私だけ呼ばれない。何にもしてないのに、息子の野球部の保護者グループLINEから外されていた。なんなら今私がここでベイスターズのことを書いているのも、誰かにとっては非常に不条理なことでしょう。

 だいたいの人は世の不条理をなるべく避けて通りたいと願う。不運にも不条理にぶち当たってしまったときは、不条理だと自分に言い聞かせて無理やり納得させるものです。しかし、しかしです。なぜ太陽は東から昇り西に沈むのか。なぜ歴史の上に言葉が生まれたのか。今ある条理だって元々は大いなる不条理だったのではないでしょうか。敢えてその不条理に飛び込んでいった勇気ある知恵者がいたから、今私たちは明けない夜はないと信じられるのです。

久保は、一体何と戦っているんだろう

 久保康友は不思議なピッチャーだと思います。分かりやすい熱血漢でもなく、パフォーマンスに華があるタイプでもない、爆発的人気があるかといえば、そういうわけではない。だけど熱狂的に「久保じゃなきゃダメ!!」というマニアを日々生み出してしまう、罪深き選手。

 想像してください。久保に理路整然とした早口で「人生の1/3は睡眠時間であると言われています。その貴重な時間をどのように過ごすかで残りの2/3の人生は確実に変わります。そこでこちらの羽毛布団ですが……」と言われたらその場でローンを組まないと言える自信がありますか? 久保に対して、人はなぜか無抵抗になってしまう。それは久保自身が多くの「不条理」を抱えているからではないかと、最近特に思うのです。

 たとえば、カラオケに行って、あなたは元々の楽曲のキーを変える派ですか? 自分に合わないキーで苦しそうに歌うくらいなら、下げたり上げたりしたほうがいいと思うんですけど、久保はどうやら違うよう。「原曲キーで歌わなあかんやろ」と果敢にも最強歌姫MISIAのキーで『Everything』を歌うらしいんです。このニュースを見た時、私は思いました。

「久保は、一体何と戦っているんだろう」

 こんなエピソードもあります。とある年のキャンプでの出来事。周囲がみなブルーのビジター用ユニフォームで練習する中、久保だけホーム用のユニフォームを着用。おそらくうっかりミスだったのでしょう。しかし「いや僕は間違ってない。僕以外が間違ってるんじゃないですかね。ホテルの掲示板に確かに『ホーム用』と書いてあった」と頑なにミスを認めない久保。このニュースを見た時、私は思いました。

「久保は、一体何を見たんだろう」

多くの不条理を抱えていそうな久保康友 ©文藝春秋

出囃子にMassive Attackの衝撃

 出囃子、それは野球選手たちの数少ない自意識の発露の場です。何でもありとはいえ、まぁ自分の好きなアーティストやゆかりのある楽曲、一般的に「アガる曲」を設定するのが常でしょう。しかし開幕前に公式サイトの「選手登場曲」を見て、私は度肝を抜かれたんです。だってそこには、

 27 久保康友 Heat Miser/Massive Attack

 とあったから。

 Massive Attack……ウィキペディアの表現を借りるなら「暗く重い、気だるい浮遊感のあるサウンドが特徴」「抵抗的な音楽(レベルミュージック)としての性格を併せ持った楽曲」。一言でいうなら「これからがんばります!」「アゲてこうぜハマスタ~」みたいなものの対岸にある音楽。クラブと呼ばれる場所でうつろな目をしながら体を上下にゆする系ミュージック。それを見た時、私は思いました。

「久保は……去年のアレをなんも反省しちゃいない」

 久保投手の去年の出囃子は、そう、『ソナチネ』でした。あの世界の北野武監督のやくざバイオレンス映画。キャッチコピーは「凶暴な男、ここに眠る。」。てか、眠っちゃダメでしょうが。……さぁこれからプレイボール。期待と興奮ではちきれそうなスタンドにテロリテロリと鳴り響く、重々しいピアノの旋律。あのときの観客のガチなキョトン顔を私は忘れることはできません。あぁハマスタに吹き渡る不条理の風。

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