人の良さが滲み出ている藤岡好明の笑顔

 雨ニモマケズ、風ニモマケズ、慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル。

 小学生くらいでしょうか、この詩を初めて読んだ私はどうして作者が「そういうものに私はなりたい」と思うのか、全然理解できませんでした。だってお金持ちになりたいし、自分を勘定に入れて欲しいし、そこまで人助けをしてるのにデクノボーなんて呼ばれたくないし。あと玄米と味噌と野菜じゃなくてお肉食べたいし。大人になったらそういう気持ちになれるのかなと思ったけど、私は相変わらず欲にまみれて肉を食べています。

 5月23日。ハマスタは青い光に包まれていました。この日ヒーローインタビューのステージに立ったのは、今季イチの一発を放った筒香嘉智と貴重な勝ち越し点を叩きだした田中浩康、そして今回の主人公、移籍後初勝利を飾った藤岡好明。なんとも不思議な並びに、周囲からも「レアなヒロインだな」という声が上がっていました。あの、世界中の温和という温和を集めて濃いめに煮出したような笑顔で、藤岡はステージに立ったのでした。

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23日の中日戦でDeNA移籍後初勝利をマークした藤岡好明

「こんばんは」と礼儀正しく挨拶から始まり、「その前の加賀君がピンチでしっかり抑えてくれたので、先頭は出しましたけど、その流れでしっかり抑えることができました」「守備でも手助けしてもらいましたし、本当に感謝しています」と自分よりチームメイトを讃え、「(田中浩康が決めたことに対して)最高です。いや僕じゃないけど」と照れ笑いからのセルフツッコみ。「数少ない先輩なので、これからもよろしくお願いします」と、また礼に終わる。

 スクリーンに映し出されたのは「I LOVE YOKOHAMA」の掛け声をベイスターズでの初お立ち台となる田中浩康にさりげなく譲る、そんな藤岡の姿でした。

 その二日後、2014年以来の勝利を飾った藤岡は、ファームに落ちました。何の前触れもなく。

『サムライソウル』に背中を押されて

 2016年。勝ちきれない日々が続いていた序盤戦。点は取れないんだけど微妙に点も取られなくて、かといって勝ち継投を出す状況でもなく、そんなとき決まってハマスタに流れてきた『サムライソウル』。「見たまんまのいかにもテキトーな/フザけた男と思ってたんやろ」。トータス松本が切なげに歌い上げると、リリーフカーから降りてくる、藤岡。あの、世界中の穏やかという穏やかを天日干しにしたような笑顔で。

 次の日も、また次の日も、煮え切らない展開のハマスタに『サムライソウル』は流れました。この曲が何度も何度も流れることが意味するもの、それは『サムライソウル』が流れなくなったときに初めて分かりました。投げるだけ投げて、藤岡はケガで二軍へ。それからしばらくハマスタで『サムライソウル』を聴くことはなくなったのです。

 雨にも負けず風にも負けず。北にFAに伴う人的保障が必要となれば行って戦力となり、東に中継ぎが不足している球団あれば行ってただ黙って投げる。たとえ開幕ギリギリのタイミングでそれを知らされたとしても。

 番長パイセンのように一つの球団で選手人生の幕を下ろす選手もいれば、組織の論理に従って寝床をあちこちへ変えなきゃいけない人もいる。それでもクビを言い渡されるよりマシ。プロ野球とはそういう世界です。

 藤岡は、いつからそのことを悟っていたんでしょうか。勝利のすぐ後の登録抹消をどんな気持ちで飲んだのでしょう。ベイスターズをよく知る友人が言いました。「藤岡なら、きっと顔色一つ変えずに、横須賀に行っただろうよ」。そしてこうも。「あれは地獄を知ってる人間の笑顔だ」。

 かつて「やるぞやるぞやるぞ! 俺はやるぞ!」とKREVAが陽気に宣言する出囃子で登場していた藤岡が、今「サムライソウ~ル、エイエイオ~」と振り絞るようなブルースに背中を押されながらマウンドに立っている。いつもニコニコしているから「本当にいい人そうだよねぇ」と誰もが言う。ピュアなカントリー感とにじみ出るイノッチ感。実際本当にいい人なんだと思う。