横浜サイズで語れなくなった筒香嘉智
開幕を目前に控えた23日、横浜は馬車道に突如現れた巨大看板。高さ34.5メートル、幅9.5メートル。ビル9階分にもなるその看板に佇むのは、他でもない、ベイスターズの4番、侍ジャパンの4番、筒香嘉智。バットを持ち、国道133号を見下ろすその眼力……あらためてすごい人になってしまった、すごいデカイ人になってしまったのだと痛感しました。
WBCでの活躍は言わずもがな、あの名番組『情熱大陸』にも取り上げられ、関係者たちがその強さの秘密を口々に語りたがり、ノムさんまでもが「言うことなし」「打撃の教科書」と手放しに礼賛する。そして周囲の評価が上がれば上がるほど、当の本人は「全然、まだまだです」とどんどん謙虚になっていく。筒香株価ストップ高。
最近ベイスターズファンの方とこんな話をしました。「筒香がすごくなりすぎて、なんかもう横浜サイズで語れなくて、苦しい」。わかる、すごくわかる。全然野球に興味がない人から「ベイスターズの“つつごう”? って、すごいね~」と言われたときにやってくる、謎の動悸息切れ。
「筒香を褒めてくれてありがとう、嬉しいっす」という素直な気持ちをはるかに上回る「筒香のすごさはそれだけじゃない、それだけじゃないのに、私自身がそれをちゃんと理解できていない」という焦燥感。もう私は、筒香を上手に咀嚼することができないんだ……。思い切って知り合いに相談しました。「私、筒香との距離感がもう分からなくて」。知り合いは静かに、しかし真剣な表情で言いました。
「大丈夫? 仕事キツイ?」
オープン戦を観てもひとえに「筒香、早く帰って来て」しか出てきませんでした。去年の4月を彷彿とさせるようなタイムリー欠乏症、息を吸うようにフォアボールを出し、息を吐くように打たれる投手陣。もはやラマーズ法ですよ。ひっ(四球)ひっ(四球)ふー(タイムリー)。もうこのまま何事もなかったかのように開幕を迎えることなど、私には~で~きない~(※テレサ・テン『別れの予感』より)。もう一度、私の中の筒香嘉智を取り戻さねば、前に進めないし原稿も書けない……。
忘れそうになっていた筒香本来の素晴らしさ
ベイスターズの枠を超えて、日本の枠も超えて、世界的に注目される選手なんて、物心ついたときからファンだった私でも、あまり記憶にありません。なんというか、真っすぐなスターなんですよね。子どもから大人まですべての人たちに愛される360度のスターが久々にベイスターズから生まれたわけです。これは本当に嬉しいことです。でも我々マダム軍が愛する筒香は、ホームランを量産し、なおかついいところで打ってくれる、意識が高くおごり高ぶらない子というパブリックイメージだけじゃなかったはず。
そんな気持ちであの『情熱大陸』を見直してみました。床屋で小銭を出す筒香、ホテルの部屋でひとりブレストをする筒香、ベイビー筒香、スクールボーイ筒香、ハイスクール筒香、バット職人困らせ筒香、すき焼き筒香、野球少年と筒香、変なメガネかける筒香……リアルタイムで見た時は体感3分くらいで終わってしまった『情熱大陸』。
そう感じたのは、編集からこぼれ落ちたであろうあまたのノイズにこそ、筒香本来の素晴らしさがあることをファンはみんな知っているからなのでしょう。それは「かわいらしさ」と「邪悪さ」がどちらも過不足なくブレンドされたあの笑顔。真面目なことを言うときも、どこか強迫観念のように「ふざけなくては」と考えてしまう筒香。その矛先がいつも一緒にいる乙坂選手に向かったときの爆発的かわいらしさに山は死にました。井納選手に突然おぶさり「何キロになった?」と問われたときのアニメ声「104キロ~」に川は死にました。エンディングでずっと密着していたディレクターに小さな声で「じゃあ気を付けて」と言ったとき、全国1000万人のパートのおばちゃんは死にました。
あんなにホームラン打つのに、なおかつかわいいんじゃない。あんなにかわいいのに、ホームランも打てる。神様のその絶妙なさじ加減に我々はただただ感謝するしかないのだ……と私は気づいたのです。神様、この子におにぎりを握らせてください。ハンバーグ弁当を横流しさせてください。今日もスーパーのバックヤードで、パートのおばちゃんたちが自らの職を失うリスクを冒してまでもそう願う。パソコンの前で四十路フリーランスライターがそう願う。筒香嘉智とはそういう選手なのだと。
気持ち悪いですよね。完全に気持ち悪いと思います。でもあなたのそんな気持ちと引き換えに、私はだいぶ心の整理がつきました。今季、間違いなく筒香の活躍がこのチームの命運を左右するでしょう。でもこれだけは忘れたくない。どんなに巨大で偉大な選手になっても、筒香は我々のかわいい小鳩ちゃん。先日も友人から「西澤さんさぁ『筒香はかわいいのにホームランも打てる』とか言ってっけど、実際筒香が打たなかったらかわいいとか思わないでしょうが!!」と真っ当なご意見をいただきましたが、つ、筒香が打たない未来とか未来じゃねぇし!!
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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。