ペナントレースで巨人を倒すための打開策は?
文春野球コラムがついに開幕する。3月から始まったオープン戦を戦ってみて、巨人の強さ、プロ野球死亡遊戯の圧倒的な強さを再確認することとなった。いや、「再確認」などと悠長なことを言っている場合じゃない。正直に言えば、その巨大戦力を前に恐れを感じ、ビビってしまった。
「これでは巨人に勝てないぞ……」という焦りもあるし、「このままでは巨人の独走で新リーグ・文春野球が企画倒れに終わってしまうぞ……」という不安もあるし、何よりも「巨人にだけは負けたくない」という思いが、沸々と湧いてくる。すでに死亡遊戯は十分な手応えを感じているのだろう、開幕を前に「独走以外は負けです!」と高らかに宣言している。……うーっ、悔しいったらありゃしない。
このままでは巨人に勝てない――。僕の焦りは募るばかりだった。そこで、何とか現状を打開すべく熟考し、シンプルな結論に達した。「オレ一人の力ではどうしようもできないのなら、誰かの助けを借りればいいではないか!」。卑怯者だと笑われてもいい。とにかく、巨人にだけは負けたくないのだ。
慌てて僕は、事前に配布されていた「文春野球告知チラシ」に目を通す。そこには「ルール」と題されて全9項目が記されていた。注目すべきはルール第3項だ。
3.試合形式は自由。己の持てる武器・ネタ・コネを最大限に駆使して戦う
なるほど、ならば策を講じるまでだ。しばし考えた末に、実にいいアイディアが浮かんだ。実現は難しそうだが、当たって砕けろだ。ルールの盲点を突いた「オレ的空白の一日」。すぐに僕は行動に移した……。
伝説の高速スライダーに酔いしれて
その日、僕は酔っていた。目の前には「伝説の投手」がグラスを傾けているからだ。酒を酌み交わしている相手は、あの伊藤智仁だ。そう、現役のヤクルト一軍投手コーチであり、驚異の「高速スライダー」で名を馳せた伝説の名投手だ。現在、僕はその生き様を一冊の書籍にすべく、彼にインタビューを続けている最中なのだ。
ご存じない方はいないとは思うけれど、念のため「伊藤智仁」という、忘れがたき投手のプロフィールをご説明すると、1970年京都府出身。花園高校卒業後、三菱自動車京都時代には日本代表として92年のバルセロナ五輪に出場。日本の銅メダル獲得に貢献した。そして、同年のドラフト会議で、ヤクルトから1位指名を受けてプロ入りを果たす。
ルーキーイヤーの93年。彼のデビューは鮮烈だった。体調不良のため、開幕二軍スタートとなったものの、4月20日に一軍に昇格するとすぐにプロ初勝利をマーク。5月、6月と勝ち星を重ね続けた。その要因となったのは、女房役の古田敦也をして、「直角に曲がる」と言わしめた高速スライダーだった。落合博満や前田智徳ら、当時の並み居る強打者たちが手も足も出ず、面白いように三振の山を築いていく姿は痛快だった。
ところが、その活躍も長くは続かなかった。7月に右ひじに異変を覚えると、そのまま登録抹消。シーズン終了まで一軍には戻ってこなかった。それでも、7勝2敗、防御率0.91という成績で、あの松井秀喜をさしおいてこの年の新人王に輝いたのだ。
しかし、その後の彼の野球人生は波乱万丈だった。野球の神様はなおも試練を与え続け、右ひじだけではなく、右肩、そして右足など、相次ぐ故障が彼を襲った。ケガをして、手術をして、リハビリの後に復活の兆しを見せつつも、また故障……。97年には見事にカムバック賞を獲得するものの、常人離れした驚異的な右肩の可動域は、誰にも投げられない高速スライダーを可能にする代わりに、多大な負担を彼の全身に強いていたのだ。
そして彼は03年シーズンを最後に現役を引退する。通算成績は37勝27敗25セーブ。決して、超一流と呼べるような成績ではない。それでも、通算防御率2.31が示すように、マウンドに立つことが可能であれば、彼は打者を抑えることができたのだ。実働7年の太く短い野球人生は、多くのファンに鮮烈な印象を残した。だからこそ、現役引退後も彼はしばしばテレビや雑誌に取り上げられたのだ。ベタな言い方をすれば、「記録より、記憶に残る男」、それが伊藤智仁なのである。
ついに、「文春野球参戦」を打診する
何度目かのロングインタビュー終了後、近所の居酒屋で食事を兼ねて彼と一緒にお酒を呑んでいた。お互いにいい具合に酒が回った頃、僕はおずおずと切り出した。
「今度、《文春野球コラム ペナントレース》という各チームのファン同士の戦いが始まるんです……」
反応をうかがう。「へーっ、それで?」と興味を示した様子。
「……それで、どうしても巨人には負けたくないんです」
ウダウダ、グジグジ話していてもらちが明かない。僕は思い切って切り出した。
「この《文春コラム》に、智さんも参戦してもらえませんか?」
僕の言葉に興味を持ったらしい智さんが「どうやって?」と尋ねてくる。僕は自分の考えを包み隠さずに披露した。
「今回の《コラム ペナントレース》では、1カ月に4回まで原稿を書くことができます。そのうちの1回分を《月刊・伊藤智仁》と題して、現役投手コーチが語る、その月の収穫、反省や課題、そして月間MVPなどをファンに向けて、告白してほしいんです!」
恐る恐る表情を窺うと、彼の顔には白い歯が浮かんでいる。
「面白そうやね……」
僕は続けて、「現役投手コーチによるシーズン中の生解説の面白さ」を語ると同時に、「どうしても巨人には負けたくない」という思いも伝えた。すると、智さんが口を開いた。
「いい試みだと思いますよ。ファンの人にとっても、“あの試合ではこんなことがあったのか”とか、“現役コーチはこんなことを考えているのか”と発見があると思うし、野球の魅力を伝えることもできそうだしね……」
そして、最後にこうつけ加えた。
「……それに、巨人には負けたくないしね!」
よし、話は決まった! 交渉成功、契約成立。その瞬間、僕の頬を熱い涙が伝った(誇大表現)。ガッチリと固い握手を交わしつつ、ともにグラスを空にした。
こうして、「文春野球コラム・ヤクルト」に強力な新戦力が加わることとなった。伊藤智仁、まさかの文春野球での現役復帰。開幕直前の緊急補強は大成功だ。隠密裏に事を進めた自分を褒めてあげたい。ということで、来月から『月刊・伊藤智仁』がスタートする。毎月1回月末に、その月のヤクルトの戦いぶりを伊藤智仁コーチに解説してもらおう。「中30日」ならば、右肩への負担もないはずだ。
はたして、どんな言葉が飛び出すのか? 僕自身も楽しみです。ということで、引き続き、文春野球コラム・ヤクルトの応援をよろしくお願いいたします! 何としてでも、巨人だけには負けたくないのだ!
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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。