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新浪剛史の教え#3「ITだけでは仕事は動かない」

私はこう考える――新浪流・乱世を生き残るための教科書

2017/07/20
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ヒューマンとITを一致させ、接客力を高める

 私はローソンからサントリーに仕事の場を移していく中で、モノの売り方が変わってきているという印象を持っています。ローソンの社長になったときはまさにデフレの真っ最中で、消費者マインドは非常に冷え込んでいました。そこで私は打開策として、いわゆる接客を徹底的に強くしようとしたのです。

 もし買ったものが一杯のコーヒーでも、店員から渡してもらったときに感じが良ければ、それはいつまでも印象に残っているものです。同じコーヒーでも、渡してくれる人によって印象は変わってきます。それゆえリピーターが増えていく。そうしたヒューマンなところを私は大事にしてきました。

 他方、ITを活用することも忘れませんでした。当時、POSはもう時代遅れだと感じてポイントカードを導入し、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を推し進めました。CRMであれば、お客様を特定することができます。だからこそ、繰り返しサービスすることができるのです。お客様との接点は、徹底的にヒューマンにする一方で、見えないところは徹底的にITを活用する。その両方を同時に推し進めることが大事なのです。

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ケンタッキー州メーカーズマーク蒸溜所にて

お客様の心に焼き付くもの

 さらに言えば、ヒューマンである部分を極めれば極めるほど、最終的にはモノ消費からコト消費に変換することができるのです。しかも、今のように人が足りないと言われるときこそ、そのヒューマンな部分が重要になってきます。機械にやってもらうものは徹底的に機械にやってもらう。でも、そうであればあるほど、実はヒューマンな部分が、ますます重要になってきているのです。

 ヒューマンな部分を大事にすればするほど、それだけお客様の心に印象として残ります。今、世の中が求めているのは、まさにそこなのです。我々は大きな成長を望めない時代を迎え、その処方箋も発見できず、ただ漂流するしかないのかと途方にくれる精神状態の中にいます。

 そうした不安感の中で、心の支えとなるのはモノではないのです。やはり最後の一番大事な根っこの部分は、ヒューマンな部分をどう感じるのかということになるのではないかと考えています。

文化人類学的な考え方が必要になってくる

 歴史上、物事は螺旋階段状に進化してきました。そして、その進化の中には必ず技術の進歩が伴っています。ですから、一口に進化と言っても、今は過去と同じようなレベルの進化をしているわけではないのです。現代は人手でやっていた部分を圧倒的な技術がバックアップしています。だからこそ、社会は高度に発展していけるのです。

 しかし、人間自体は発展しません。何百万年も前から、人間の心というのは常にエモーショナルに動いています。理性だけではないのです。

 技術が発展していく結果として、イノベーションは常に起こります。しかし、技術の進化が起こるごとに人間の気持ちというものは何となく寂しくなっていくのではないでしょうか。私は今、そのサイクルが短くなってきているという気がしています。これからの社会はAIの登場によってどんどん変わっていくでしょう。そのとき、エモーショナルで人間的なパッションというものはどうなっていくのでしょうか。

 その意味で、これから生き抜く力というものを考える際には、文化人類学的な考え方が必要になってくる気がしています。そうしたものをしっかり考えながら、経営していくこともこれからは必要なのではないでしょうか。

聞き手:國貞 文隆(ジャーナリスト)

新浪 剛史 サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長

1959年横浜市生まれ。81年三菱商事入社。91年ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。95年ソデックスコーポレーション(現LEOC)代表取締役。2000年ローソンプロジェクト統括室長兼外食事業室長。02年ローソン代表取締役社長。14年よりサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。

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