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大酒飲み、若くもイケメンでもないけど、読者に支持されるにはワケがある

著者は語る 佐伯泰英「酔いどれ小籐次」シリーズ

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『夢三夜 新・酔いどれ小籐次(八)』(佐伯泰英 著)

 累計2000万部超の『居眠り磐音 江戸双紙』など、大ヒットシリーズを次々生み、〈文庫書き下ろし時代小説〉という新ジャンルを確立した佐伯泰英さん。

 それぞれの作品に魅力的なキャラクターが登場するが、なかでも「酔いどれ小籐次」シリーズの主人公・赤目小籐次は異色だ。物語が始まった時点で、年齢は49歳。今よりも平均寿命が短い江戸時代においては晩年に近い。身長五尺一寸(約153センチ)、額は禿げ上がり、顔はもくず蟹に似ている。若くもなくイケメンでもなく、大酒飲みだが、剣の達人というヒーローは、どのようにして生まれたのだろうか。

「最初に決まったのは、大酒飲みという設定でした。たまたま歴史の本を読んでいて、文化文政の時代に大酒飲みや大食いの催しが頻繁に開かれていたという事実を知ったんです。そのことが、大酒を飲む催しに参加して酔いつぶれた小籐次が墓地で目覚める『御鑓(おやり)拝借』の冒頭シーンに結びつきました。年齢は後から固まっていったんです。自分の経験から言っても、若者よりも中高年のほうが酒を味わいつつ飲みすぎてしまいがちかなと(笑)」

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 また執筆をスタートさせたころ、団塊世代が一斉に定年を迎える『2007年問題』が大きな話題になっていたこともあり、編集者と年輩の主人公も面白いという話になったという。

「僕自身、60代になって老いを実感するようになっていましたし、他のシリーズの主人公はどちらかというと長身でカッコいい男が多かったので、全く違うタイプにしようという意識もありました。脱藩した小籐次を刃物の研ぎ屋にしたのは、日銭を稼げると思ったから。僕は作家として売れない時期が長かったせいか、日銭を稼ぐ方法には敏感なんです(笑)。手仕事を通して人と人がつながっていく感じも大事にしたくて。結果的に小籐次は僕にとっていちばん自分を仮託しやすい主人公になった気がします」

さえきやすひで/1942年、北九州市生まれ。日本大学藝術学部卒。99年、「密命」シリーズの文庫書き下ろし時代小説で新たなジャンルを切り開く。ほかのシリーズに「吉原裏同心抄」「鎌倉河岸捕物控」「新・古着屋総兵衛」などがある。

 シリーズ第1作『御鑓拝借』では、豊後森藩の江戸下屋敷で厩番をつとめていた小籐次が、恩義ある主君の仇を討つため、主家を出てたった1人で大名4藩と戦う。報復の手段として、各藩の御鑓を奪うという発想がユニークだ。

「小籐次の主君は、城を持たないことを理由に辱められました。同等の屈辱を相手に与えるにはどうしたらいいか考えたんです。参勤交代の際に掲げる御鑓は、各大名家の象徴みたいなものだから、衆人環視のところで奪われたら完全に面目を失ってしまいます。人間を斬るよりも効果的な仕返しになるでしょう。小籐次が操る剣術『来島水軍流』は、実在した豊後森藩の歴史がヒントになりました。藩主の久留島家はもともと瀬戸内水軍の出でしたが、関ヶ原の戦いの後に海から山へと領地を替えられたんです。山の民として生きなければならなくなったけれど、どこかで海の民の矜持を伝えているのではないかと思って、不安定な船上で戦うことを想定した架空の剣技を創りました」