文春オンライン

新刊が出るたび、既刊の意味が変わり、読み返すと新しい発見がある。そういうものを書いている──「作家と90分」阿部智里(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/07/30

genre : エンタメ, 読書

note

死ぬまで書く。「現在」が変わっても、常に「現在」の問題に問いかけたい

――他に印象的だったのは、『弥栄の烏』で、真赭の薄が「女は引っ込んでろ」と言われて、その後別の形で「男は引っ込んでいろ」とやり返す場面も痛快でしたね。それに、后が子どもを産めるか産めないかなど、この世界でもジェンダーや女性の生き方や地位の問題が描かれるんだなと思って。

阿部 その後雪哉が「女は引っ込んでいろ」と言うという、3パターン出てきますよね。テーマは現代と共通ですから、むしろ現代のテーマを言うために、この世界を借りていると私は思っています。ジェンダー的なことで言うと、私は女子どもを守るために犠牲になる美しさ、みたいな男のロマン的なもののことは「はぁ?」と思っているところがあります。その書き方だったら澄尾は英雄になっていたと思いますけれど。「男は引っ込んでなさい」と言ったのは、あなたたちが美的だと思っているその自己犠牲的なものって本当にそう? ということを一回書いておきたいなと思ったからです。最初の頃は男性女性を書き分けているつもりはなくて人間そのものを書いているつもりだったんですが、最近になってきて、やっぱり男性と女性で根本的に違う考え方もあるのかなとも少し思いを巡らせています。でも人間を書くというのは変わらないです。

玉依姫』でも「今時こんな考え方の女子高生いないよ」と言われるんですけれど、「女子高生ってなあに?」って思うんですよ。「私は志帆を書いたんであって、あなたの言っている女子高生って一体誰のこと?」って。さらに言うと、あれを書いたのは私が女子高生の時ですから。そういうラベルで人を判断するような書き方は私はしない、と思っています。まあ、キャラクターを書くのは難しいなと思いますが。

ADVERTISEMENT

玉依姫 八咫烏シリーズ 5

阿部 智里(著)

文藝春秋
2016年7月21日 発売

購入する

――完全な悪人とか完全な善人というよりも、グラデーションのある人物を書いているなという印象があります。

阿部 そうなんですよね。私は概念を擬人化しているわけではないので。あくまで私が書きたいのは人間なんです。私の目には、人間は一面的なものでなくて、多面性があり、一人の人間の中にも多様性が存在しています。キャラクターが言っていることは作者の考えていることだと思われる方もいますが、私は自分の思っていることを代弁させているわけではなく、自分の目に見えている世界そのものを描写して作っているつもりです。

第2部で『玉依姫』の設定がなぜ1995年なのかという理由もわかると思う

――現在、年1回新作が出るペースできていますから、来年第2部がスタートするということですよね。

阿部 それを目指しています。一応、何が起こるかはもう作ってあるし年表もあります。ただ、どういう見せ方にするかは検討中ですね。誰を主人公にしてどう見せるのかで変わってくる。同じ時代でも西郷隆盛を主人公にするのと坂本龍馬を主人公にするのとでは全然違う、ということと同じですよね。

 でもたとえば、第1部全体で見ると『烏に単は似合わない』はちょっと番外編っぽく読めると思うんですが、第2部になると、ああ、「正しくシリーズの第1巻だったんだな」と思ってもらえる形にはなるかなと。『玉依姫』の設定がなぜ1995年なのかという理由も分かると思います。でもまだ第2部が何巻になるかも分かりません。

烏に単は似合わない  八咫烏シリーズ 1 (文春文庫)

阿部 智里(著)

文藝春秋
2014年6月10日 発売

購入する

――番外編も書かれていますが、これは本にまとまる予定はあるのですか。

阿部 来年の夏に外伝集を出す予定ではあるんです。第2部のスタートも来年のつもりですが、それよりちょっと遅れるかなと思っています。

瀧井朝世さん ©榎本麻美/文藝春秋

――シリーズ以外の執筆依頼も沢山あると思うのですが。

阿部 はやければ来年の春か夏に、NHK出版からミステリーというかオカルトっぽいものが出るかな、という感じです。今はそれに関する取材をしていて、そろそろ書き始めるところです。八咫烏のようにシリーズ化できそうなものも現在構築している最中ですが、出力するのが遅いので、いつになるか分からないですね。

――数年越しの第1部を書き上げて、今、作家としての今後をどのようにイメージしていますか。

阿部 死ぬまで書くと思っています。常に現在の問題に対して問いかけができるようにというのは、心には置いています。そして“現在”は必ず変わる。その時々にしか書けないものがあると思うので、それに目をふさがないようにしようと思っています。