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連載昭和事件史

「笑えない時代」に人々が“兵隊落語”に大爆笑したのはなぜか

なぜ人々は「いびつな笑い」を求めたのか #2

2020/03/08
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「真の軍隊を国民に知らせるようにしてもらいたい」

「除隊の時、中隊長に呼ばれましてね。『君は落語家だそうだから、帰ったら軍隊のことを落語にやるだろうが、真の軍隊を国民に知らせるようにしてもらいたい』というようなお話があり、連隊長からもそんなお話があり、また師団長閣下、大庭二郎閣下からも『軍隊生活はつらいこともあろうが、また大に愉快な楽しいところもある。君が民衆娯楽として軍隊のことをやるならば、大いにやってもらいたい。なるべく国民の誤解を招かないようにね』と懇々お諭しがありました」

 それで「私は最初から軍隊落語をやるという考えはなかったのですが」「一つやってみようという気になって始めたのです」。

 奇妙なのは「先日その筋からお呼び出しがありましてね。ご注意がありました。別に禁止されたのではありません」と人ごとのように金語楼に言わせていることだ。そのうえで金語楼はこう語っている。

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「金語楼にお小言があるのも当然だと思いましたよ」

「私はあの靴磨きの兵隊さん、ナッチョランナッチョランでも、高座でやります時は、チャンと前に『いまの軍隊では決してこんなことはありませんが、昔はあったように聞いておりますので――』と断ってやります。

 それが、先日関西へ参ってみますと、いろいろな人が、私の兵隊さんが評判がよいので、作り変えておりましてね。甚だしいのは、兵隊さんが外出して遊廓に行って、酒を飲んで芸者に三味線を弾かせてナッチョランナッチョランを歌うているところへ、巡察士官がやってきて、コラッ、いま何を歌っていた、もう一度歌ってみろ、とやるのですから驚きましたね」

「これでは兵隊さんの本家本元なる金語楼にお小言があるのも当然だと思いましたよ」。そう言って「金語楼さんこと、予備役陸軍一等卒山下敬太郎君は苦笑される」で記事は終わっている。