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55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#3

55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#3

逮捕も覚悟した命懸けの冒険譚

2017/08/15

source : 文藝春秋 1962年11月号

genre : エンタメ, スポーツ, 国際

note

 午後2時ごろから、スモッグが濃くなる。日暮れ近く、もっと深まる。見通しきかず。すると、パッと灯台の灯がついた。

 ポイント・レーヤー灯台は、FLファイブ・セコンドのはずである。目をこらして、間合いを測る。ワン……ツー……スリー……フォー……白! まちがいなく、5秒ごとにフラッシュ(閃光)している。ドンピシャだ。ぜったいにレーヤーである。いい気持。

 サンフランシスコとは、20マイルのご近所にいる。ここで、はやる心を静める。

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 ここまできて、マストを折ったりしたら、男が立たない。西宮沖でダメになるのと、おんなじではないか。ひとまず沖へ出て、あす改めて、直角に入れることにした。

 海岸線は南へさがるにつれて、東へそれている。だから、南行すれば陸が逃げる。しかたがない。ともなく、Sに走る。が、いきっぱなしも危ない。ファラロン暗礁がある。で、適当なところで、陸と並行に進む。ゴールデン・ゲイトと灯台船のあたりに、ねらいをつけた。

 大きな月があがったのは、突入をあきらめて、気が落ちついたころであった。

 シスコを背に、沖へ走る。海図は持っているけれど、港内にはなにがかくれているかわからない。それに潮流が激しい。波もすごい。海底の地形がこみいっているにちがいない。デタラメな悪質の波だ。波長が短い。こんなところで風が強くなったら、冗談でなしに、マストが折れるかもしれない。折れたが最後、立てているあいだに、流されてしまう。

 沖! 沖! 逃げるにかぎる。

 だが、睡い。まぶたが下がってくる。お湯をわかして、コーヒーをブラックでグッと飲む。

 シスコは国際港だから、夜がふけても、船の出入りが多い。ぶつけては大変だ。あと1日というところで、オジャンにしては、ミもフタもない。

 朝まで起きている決心をきめた。徹夜でワッチだ。出発してから、はじめてする徹夜である。がんばろう。しかし、睡い。

 陸の火を見ると、どうしても、ソワソワしてくる。やっぱり、うれしいんかいな、などと人ごとみたいに考える。すると、うれしくないみたいな気がしてくる。安心してはいけないんだ。冷静になった。

 でも、やっぱり、目がしぶい。長いあいだ、お天道さんがいないときは寝る原始生活をつづけてきたので、習慣がついてしまったのだろう。

 すごく寒い夜だった。毛のパッチ(ももひき)をはく。シャツも2枚にした。その上にセーターを重ねる。ふつうのジャンパーを着て、もう1枚、メリケン(米兵)のジャンパーもかぶる。計5枚だ。ウールのマフラーも巻いた。ここで風邪をひいては、わりに合わん。

 それでも寒い。寒いと睡くなる。おまけに、今夜はワッチだけしか、することがない。手持ちぶさたで、なおまぶたがさがりたがる。

 キャビンでコンロをたく。石油はいくらでも残っている。安心して、つけっぱなしにした。

 デッキに立っていると、フォッグでからだがベッタリと湿ってくる。キャビンにもどって温める。そして、またブラックを飲む。眠っちゃいけない。危険だ。

 シスコの灯を見ながら、フォッグにぬれているなんて、ええところやな。ふと、そんなことをおもう。睡気ざましだ。

 なにしろ冷える。とにかく、朝を待とう。5時の日の出と同時に、行動開始とする。

 考えることが、いっぱいありそうだ。しかし、なにも浮かんでこない。安心するなかれ。そればかりを自分にいいきかせる。

太平洋横断の行程 ©文藝春秋

母ちゃん、ぼく、きたんやで

8月12日(日)=第94日

 やっと、しらじら明けがきた。クルージング・バージ(マストの頂上につける三角の旗)と、イェロー・フラッグ(黄色)をあげる。キッチリつけた。

 いよいよ、日の出だ。フィニッシュ(ゴール・イン)にかかる。

 「マーメイド」は、本日ただいまより、ゴールデン・ゲイトに進入を開始する。

 お母ちゃん、ばく、きたんやで。〉