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小島 秀夫
2017/09/03

「メタルギア」の小島秀夫が考える“エンタメが戦争から逃げられない”理由

小島秀夫が観た『ダンケルク』

genre : エンタメ, 映画

 映画とゲームの共通点はどこにあるのだろうか。

 その答えのひとつは「テクノロジー」である。映画とゲームは、テクノロジーの発展とともに歩んできた。19世紀末にリュミエール兄弟が発表した世界最初の映画のひとつである『列車の到着』は、プラットフォームに蒸気機関車がやってくる情景を見せるだけのものだった。そこには当然、音もなく、白黒の画面だったが、これを観た観客は、その臨場感に度肝を抜かれた。これは最新のテクノロジーであるVRが実現する臨場感や驚きと本質的に変わらない。

 ビデオゲームの原型は、1962年にMITの学生が開発した『スペースウォー!』と言われている。これは記号化された宇宙船を操作して対戦させる、極めてシンプルでプリミティブなシューティング・ゲームだった。

 映画もゲームもその最初期は、ともに単純な「動き(アクション)」しか表現できなかった。キートンやチャップリンの無声映画(サイレント)は、彼らのアクションに支えられていたし、『スーパーマリオブラザーズ』(1985年)ですら、単純なアクションだけで構成されたゲームだった。やがてテクノロジーの発展とともに、映画やゲームは、色や音を得て、複雑な世界やエモーショナルな人間のドラマを描けるようになった。

ひたすら敵から逃げるシチュエーションを描いた『ダンケルク』

© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 クリストファー・ノーラン監督は、最新作『ダンケルク』を、最新の技術であるCGを極力使わずに、実物大のセットを組み、大量のエキストラを動員して完成させた。いわば、ひと昔前のテクノロジーで戦争映画を再構築してみせたのだ(これは、現在の映画作りにおいて、逆に贅沢で大胆な試みである)。

 この作品が大ヒットをしている(8月下旬時点で全世界での興行収入は3億9千ドルと報じられている)。

 本作は「ダンケルクの戦い」と呼ばれる、第2次世界大戦中に実行されたイギリス軍とフランス軍による撤退作戦を描いた、いわば「地味な」題材の戦争映画であり、米軍が出てこないにもかかわらず、大ヒットしている。敵であるドイツ軍を倒すという高揚感もなく(この映画には、ドイツ兵の顔は一度も出てこない)、ひたすら敵から逃げるというシチュエーションを描いた、王道ではない戦争映画が評価されているのだ。これは驚くべきことと言っていい。

 この映画にはほとんどセリフがない。兵士の名前すら語られない。故に、キャラクターのバックグラウンドは観客には伝わらない。彼らの過去に根ざした物語は語られず、「逃げる」というアクションと、そこから生まれるサスペンスが観客を惹きつける。これはキートンやチャップリンのサイレント映画と同じだ。

© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

最新のテクノロジーを用いずに完成させた、体験型映画

 セリフのほとんどない物語は、陸、海、空の3つのパートで構成されている。所属する部隊からはぐれて、市街戦から脱出し、ダンケルクの浜辺までたどり着いたイギリス軍の若い兵士(陸)、救助のために海を渡ってダンケルクを目指す民間人の船長(海)、救援を妨害するドイツ軍を攻撃する空軍パイロット(空)の3つの視点によるアンサンブルが、観客を戦場に引き込んでいく。ちなみに、パイロットを演じるトム・ハーディは、あの『マッドマックス:怒りのデス・ロード』のマックスよりもさらにセリフが少ない(何しろ彼は、ほぼマスクをつけた状態で、コックピット内だけで演技をしているのだ)。
結果として、この映画は、撤退こそが勝利を意味するという戦争の別の局面を見事に描き出した。我々は、ドイツ軍から我先に逃げ帰ってきた40万人の兵士こそが英雄だと知るのだ。

 つまり『ダンケルク』は、最新のテクノロジーを用いずに、映画のプリミティブな要素を前面に押し出すことで、VR時代における体験型の新しい戦争映画を提示したのだ。

 この映画の大ヒットの後では、最新のテクノロジーによる戦争映画、敵との戦いに勝利するという正統派の戦争映画は、古く見えてしまうだろう。