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江戸時代の中間管理職“奏者番”というオシゴト

著者は語る 『奏者番陰記録 遠謀』(上田秀人 著)

『奏者番陰記録 遠謀』(上田秀人 著)

「老中」「側用人」といえば、徳川将軍の側近を指すのは誰でもわかる。では「奏者番(そうじゃばん)」と聞いてピンと来た読者はいるだろうか。

「よほどお好きな方でないとご存知ないでしょうね」

 ニヤリと笑うのは、「奏者番」をテーマに新作を上梓した時代小説の雄・上田秀人さん。奏者番とは、大名や旗本が徳川将軍に拝謁する際、来歴や献上品の目録等を読み上げ、円滑な儀礼進行を司る役職のこと。

「江戸時代の初期はなかなかの権力者で、いわば社長室長のような立場でした。それが時代が下るにつれ、あれこれと将軍との間に役職ができていって、気づけば総務の中堅どころに落ちてしまうんですが(笑)」

 上田さんといえば『お髷番承り候』『勘定吟味役異聞』『闕所物(けっしょもの)奉行 裏帳合』といったシリーズ作品からもわかるように、これまで時代小説が扱わなかった役職にスポットライトを当てて傑作をものしてきた。

「奏者番も昔から書こうと思っていた題材でした。実は『奥右筆秘帳』とどちらを先に出版するか、悩んだこともあったくらいです。戦国の血なまぐさい気風が薄れて、文治の時代に求められた知的な役職に関心を持っているんでしょうね」

うえだひでと/1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。2001年『竜門の衛』でデビュー。10年『孤闘 立花宗茂』で中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞受賞。『勘定吟味役異聞』シリーズなど、著書は100冊を超える。

 時は三代将軍家光の治世。奏者番として家名を揚げようと役目に励む譜代大名の主人公は、上司の老中に気を遣い、同僚の視線に気を揉み、部下を上手く使うことに頭を悩ませる。

「私が小学生の時、父の職場に連れて行かれ、部屋の片付けを手伝わされたことがありました。後で気づいたんですが、父は出世競争に敗れ、個室を与えられる立場を追われてしまったんですね。私は勤め人の経験はないんですが、子供時分に世の中の裏を見た経験は大きかったと思います」

 他人事とは思えぬ奏者番の苦労に読者が身悶えしている間に、物語は大きな局面を迎える。歴史に名高い由井正雪の乱が起きるのだ。

「いろいろと歴史書や史料を読んでいると、当たり前ですが、全貌が分からないものがあります。名前が残るレベルの人物なのに、その事績が全く伝わっていない、とかね。例えば本能寺の変。個々の人物の動きは見えても思惑までは史料からは浮かんでこない。この知られざる部分を描くのが小説家の腕の見せどころですね。頭の切れる信長がこんな死に方をするだろうか。もしかしたら自作自演……なんてね。小説家は嘘つきですから(笑)」

 不羈(ふき)の想像力が語る乱の真相は、瞠目の一言である。

『奏者番陰記録 遠謀』
家名の隆盛を目指し、役目に励む水野備後守元綱。精勤の甲斐あり、出世の糸口とされる「奏者番」のお役目を仰せつかるが――。現代では忘れられた職業の実態と苦労、そして誰もが知る歴史的事件が複雑に絡み合うとき、裏に隠された謀が露わになる。一大歴史エンターテインメント。

奏者番陰記録 遠謀 (文春文庫)

上田 秀人(著)

文藝春秋
2017年9月5日 発売

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