1月4日から放送が始まったNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。“長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった”とまで言わしめた天下一の補佐役、豊臣秀吉の弟・秀長が主人公となっている。
しかし、秀長に関する一次史料は非常に少なく、軍記物語にもあまり詳しく記されていないという。いったい、豊臣秀吉と秀長はどのような絆で結ばれていたのか。謎に包まれた豊臣一族の関係とは――。
ここでは、豊臣兄弟の絆に加え、二人を支えた豊臣一族の絆と愛憎を描いた、歴史作家・河合敦氏の著書『豊臣一族 秀吉・秀長の天下統一を支えた人々』(朝日新書)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/1回目から続く)
◆◆◆
母親の再婚後、8歳で家から追いはらわれてしまった
最初に述べたように、30歳前後までの秀吉の経歴は一次史料ではたどれず、後世の編纂物に依拠しなくてはならない。秀吉の伝記全般を「太閤記」と呼び、初期のものとして『大かうさまくんきのうち(太閤様軍記内)』(太田牛一著)、『太閤素生記』(土屋知貞著)、『川角太閤記』(川角三郎右衛門著)などがある。
これらは比較的信憑性が高い内容が多いといわれるが、いっぽうで小瀬甫庵が書いた『太閤記』(以後、『甫庵太閤記』と表記)を筆頭に、面白おかしく脚色された太閤記(伝記)類も数多く、江戸中期の『絵本太閤記』(武内確斎著)などがその代表だ。
いずれにせよ、壮年期までの大まかな秀吉の生涯を、こうした太閤記類に即して紹介していこう。
