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佐々木 俊尚
2017/09/09

VALU問題に思う“Twitterフォロワー数が多い人だけが勝つ世の中”でいいのだろうか

 評価経済って、有名人がフォロワー数を誇り、金に変えるシステムなんだろうか? もしそんな即物的なものでしかないとしたら、評価経済なんかに未来はない。

 そういうことを考えるきっかけになったのは、VALUの騒動だ。

 VALUとは何か、ということについてはフジテレビのホウドウキョクでくわしく解説した。『人気ユーチューバーのインサイダー騒動も…「VALU」はどうなるのか?』という記事にまとめてあるので、興味ある人は読んでみてほしい。

色々な意味で話題の「VALU」(公式サイトより)

 VALUの公式サイトには、こう書かれている。「毎日、みんなが価値をやりとりしています。これからブレイクしそうな人、ステキな優待がある人……。気になる人、応援したい人を見つけてください」

 この「これからブレイクしそうな人を応援したい」という言葉。これが未来の評価経済には大事な要素なんじゃないかと思う。資本市場だって、ヘッジファンドのような悪辣な人たちもいるが、その一方で何の力もないけど可能性だけを持っている若者に資金を調達してあげるエンジェル投資家のような人たちがいる。そういう夢や地道な実体の経済にちゃんとつながっている部分もあるから、資本市場は私たちに必要なものとして存在している。

 じゃあVALUはどうか。

 私は面白そうな新しいウェブのサービスが出てくると、とりあえずすぐにアカウントを取得することを習慣にしているので、VALUが話題になりはじめた時も、もちろんサイトを見に行った。Twitterのフォロワー数などに基づいたVALUの評価点数を計算してもらうところまで行って、さらに他のVALUアカウントの一覧を見に行った。でもそこにはスターたちの荒ぶる弱肉強食の世界が広がっていて、「これは違う」と思ってそっとブラウザの画面を閉じたのだった。

「評価経済」に期待したいこと

 これももちろん評価経済のひとつだろう。でも、私が期待している未来の評価経済は、Twitterのフォロワー数をカネに替えること「だけ」ではない。社会包摂のツールとしての期待を私は持っている。

 人々が善き人であろうとを少しずつ努力し、その努力がまわりの人々やさらには遠くにいる知らない人たちの間にも評価されて、困った時に友人や、さらにはどこかの誰かにも小さな援助をもらえるかもしれない。そういう輪が広がっていくといいと思っている。

 だから評価経済の未来は、コミュニティの未来にもつながっている。私たちは個人ひとりでは社会に立ち向かえない。だからコミュニティに属することでみんなで何とかしようとする社会的動物だ。でも21世紀に入るころから日本では共同体が希薄になり、生きづらくなっている。そこで評価経済という話がやってきて、「コミュ力を高め、セルフパワーでこの競争社会を生き残るのだ!」みたいな自己啓発的スローガンが叫ばれるようになった。

 でもそんなセルフパワーを持てるのはごく一部の強い人だけだ。そういう人だけが生き残る世界は、荒ぶる弱肉強食の魔界である。そこには社会的な包摂が欠如している。

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