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白井 聡
2017/09/24

「国のために死ね」の時代と、現代日本の共通点

白井聡が『学生を戦地へ送るには』(佐藤 優 著)を読む

『学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む』 (佐藤 優 著)

 本書は、佐藤優が田辺元著『歴史的現実』を、二泊三日のセミナーによって全文解説した記録である。読解対象の田辺の著作は、1939年5〜6月に京大生を対象に行なわれた講義の速記録として翌年6月に出版された。この時期は、日中戦争の泥沼化が明瞭となり、対米英開戦への運命が定まってゆく時期である。当代きっての哲学者は、やがて学徒出陣により死地に赴くこととなった当時のエリートたちに、「死を自ら引き受けることによって死を超越せよ」、つまり平たく言うと、「国のために死ね」と説き、それがベストセラーとなったのである。

 本書で印象深いのは、『歴史的現実』と同時に、43年4月に公開され大ヒットした映画『敵機空襲』の解説を行なっていることである。本書からわかるのは、43年4月の段階では、一般庶民にとって「戦死」(この場合、空襲による死)は、実際に差し迫っていたにもかかわらず、切迫した現実としては受け止められていなかった、ということだ。

 評者は、ここに現代日本の大衆の姿を重ね合わせたくなる。北朝鮮によるミサイル危機への対処と称して、公民館や小学校に逃げ込んで集団で頭を抱える「訓練」が行なわれている。これに参加する人々は、ミサイル攻撃(核攻撃かもしれない)をかくも現実的と感じているのだとすれば、なぜ、頭を抱えるなどというムダなことをする代わりに、いますぐ資産を処分して国外逃亡しないのであろうか。彼らの現実感覚は首尾一貫していないが、それを気に掛ける様子はない。

 一方には39年の段階で「死ぬ覚悟」をどう固めるのかに頭を悩ますエリートたちがおり、他方には自らの差し迫った破滅を否認し続ける「普通の人々」がいた。この構図は、おそらく現代でも変わらない。田辺的言説に対して「免疫をつけろ」と強調する佐藤は、二つの容易には交わらない階層の間で思考する人々にこそ、語り掛けているように評者には感じられた。

さとうまさる/1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。作家・元外務省主任分析官。『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

しらいさとし/1977年東京都生まれ。京都精華大学専任講師。専門は政治学・社会思想。著書『永続敗戦論――戦後日本の核心』等。