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悩みながら、迷いながら……講談界初の“母娘真打” 田辺銀冶が歩んできた道

2021/05/16
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鶴瑛、母としての余裕

「私は、世間のおかあさん的なものがないんです。人のこと、見ていないんですよ」

 一度、夫の具合が悪くなって入院したことがあった。先生に、普段の状態や持病、食べ物について問診されたが、鶴瑛は何ひとつ答えられなかった。傍にいた銀冶がすべて答え、「かあちゃん、もうちょっとおとうちゃんに興味持ってよ」と泣きながら訴えたという。

「興味のないことは覚えていないですよ。だから娘はしっかりした子に成長したんでしょうね。親を反面教師としてね(笑)」

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 そう言えるところに母としての余裕が感じられる。

「娘は、これからライバルですね」

 鶴瑛はそう言ったが、銀冶は「いや、とんでもないです。師匠と弟子ですよ」と真剣な表情でそう返した。経験では鶴瑛に及ばないが、銀冶は講釈師として着実に力をつけてきている。現在は、ネタは130席、古典と新作が半分ずつ。最近は、古典に力を入れているという。

古典でお客さんを楽しませたい

「ある時、先輩に『新作はいくらやっても講談はうまくならないよ』と言われて、ハッと気が付いたんです。実際、新作は作るのが大変ですし、エネルギーも時間も取られますからね。それに神田伯山先生が古典の講談で売れっ子になって、お客さんを喜ばせていました。私も講談がうまくなりたいし、古典でお客さんを楽しませたい。そう思って3年ぐらい前から古典の講談の勉強を改めてするようになりました」

 神田伯山は、講談界のトップランナーだ。活躍のフィールドもテレビ、ラジオなどさまざまな分野に広げている。銀冶は、真打となった今後、伯山先生のように講談が活躍できるフィールドを広げていきたいという。

 

 そして、もうひとつ、果たすべきことがある。

「講談の定席である『本牧亭』の復活です。これは悲願ですね。真打になって何が一番変わったかというと、講談の全体のことを考えるようになったんです。講談の定席の復活は、やるなら今しかない。伯山先生のようなスターが出たし、若手も頑張っています。講談の名人も残っています。みんなが元気なうちに講談を広めて、『ここでやっています。見に来てください』という場を作りたいですね」