昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

講談師・神田松之丞はなぜ“売れた”のか――神田伯山になる直前に語った「本音」

六代目神田伯山、襲名記念インタビュー

2020/02/11

“100年に1人の天才”“講談界の風雲児”“チケットが取れない講談師”など、さまざまな異名で呼ばれる神田松之丞。かつて文春オンラインに掲載したインタビュー「天才講談師・神田松之丞のビジョン『2年後には真打にさせろ!』」で、「2年後には真打にさせろ」と語ったが、あれからちょうど2年が経ち、言葉通り2月11日に真打昇進を果たした。

 六代目神田伯山を襲名する直前に行われた、神田松之丞としては“最後の”インタビュー。いま感じている苛立ちから、これからのビジョンまで、本音に迫った。

自宅で稽古に励む神田松之丞(2月11日からは六代目神田伯山)

◆ ◆ ◆

今年1月から「本当に働きました」

――2月11日、松之丞さんは真打に昇進し、六代目神田伯山を襲名されます。

松之丞 今年はどんな年かというと、「東京オリンピック」、「十三代目市川團十郎襲名」、そして「六代目神田伯山襲名」、これが2020年のすべてです(笑)。

――それにしても1月から怒涛の勢いで仕事をされてますね。

松之丞 本当に働きました。年が明けて、1月だけで80席もやりましたからね。異常です。精度を上げて今後は減らしたいですね。そういって毎年増えているんですけど(笑)。新春恒例の連続読みも東京と名古屋でやりましたし、テレビの方も『あさイチ』(NHK)、『おしゃれイズム』、『笑点』(ともに日本テレビ)にも呼んでいただいて。昔、EDで中学生時代悩んでいた自分に教えてあげたいですよ(笑)。でも本当にここまでこれたのは、皆様のおかげだと思います。EDが完治した事ではないですよ。私も今回真打になるにあたって、色々と人生を少し学びました。「運が良かったんでここまでこれました」とか言っている芸人とかタレントのインタビュー、昔は大嫌いだったんですけど。最近、まんざら嘘でもないなと。結論はそれに尽きます。運が良かった(笑)。つまらないインタビューですけど。

売れた理由の9割は「師匠選び」

――私が初めて松之丞さんを聞いたのが2016年の7月。最初に文春オンラインで松之丞さんのインタビュー「チケットが取れない! 天才講談師・神田松之丞を知っていますか?」をしたのが2017年の2月でした。

松之丞 高座ではキャパシティ1000人クラスのホールであれば、ありがたいことに全国どこでも満席になっています。でも、メディアでここまでの露出があるとは3年前には想像できなかったですよね。まだ、ラジオ(『問わず語りの松之丞』TBSラジオ)も始まってない時期でしたし。

 

――改めてうかがいます。なぜ、売れたんでしょう?

松之丞 9割方は、師匠選びですね(笑)。本当にうちの師匠。人間国宝の、神田松鯉でなければ、すぐクビだったと思います。二ツ目になった直後は、「地道に黙々と講談を続けていこう」と思っていた時期もありました。でも、「いままでと同じことをやっていては、講談はしぼんでいくだけだ」と気づいたんです。今までの講談師も講談も素晴らしいけど、その魅力をもっと拡散させなくてはいけないと。だって、私の入門時、落語家さんは800人以上いるのに講談師は東京と大阪合わせて約80人しかいなかったんですから。

――「2年後には真打にさせろ」とか、他の人は言わないですもんね。

松之丞 野暮の骨頂ですよ。それくらいは僕も分かっているんです。演芸の世界は粋であることが素敵だし、特に講談には野暮な人は少ない。今回、真打昇進の披露目でも、一番丁寧にお手紙くれたりするのは、講談協会の先生方です。本当に感動しますよ。なんとありがたい文章を書いて頂けるんだと。感謝しかないです。そういう表に出ないところの素敵な所を、こういう媒体もそうですし、自分が野暮になって大きな声でいう。それは大事な事かなと思いました。