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伊藤 詩織
2017/10/17

暴行被害を訴えた詩織さんが、手記を書いた理由

 レイプ被害を受けたと会見で訴えたジャーナリスト伊藤詩織さんが、手記『Black Box』を上梓した。

『Black Box』(伊藤詩織 著)

 詩織さんは2015年、ホテルで意識のない状態で性的暴行を受けたとし、準強姦容疑で警視庁に被害届を提出。ところが、東京地検は嫌疑不十分でこの件を不起訴と判断した。詩織さんは2017年5月29日に司法記者クラブで会見し、検察審査会への申し立てを公表したが、9月21日、検察審査会もこれを「不起訴相当」と議決。現在は真相究明などを求め、9月28日付で東京地裁に民事訴訟を起こしている。

「被害者A」ではなく実名のファーストネームで会見した詩織さんは、本書で“伊藤”という苗字も明かした。広く社会で議論する必要性を感じ、自身が知るすべてを明かした本書より、「はじめに」の一部を公開する。

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 2017年5月29日、私は司法記者クラブで記者会見を開いた。私が被害を受けたレイプ事件が検察の判断によって不起訴処分となったため、検察審査会に申し立てしたことを報告する会見だった。

 被害にあってから、実に2年以上の月日が経っていた。

 会見で初めて、この件について知ったという人が多かったかもしれない。しかしこの2年間、私は警察や弁護士事務所、報道関係者の前で、何度同じ話を繰り返したことだろうか。

©文藝春秋

 レイプという言葉を聞いて人が思い浮かべるのは、おそらく見知らぬ人から突然夜道で襲われるような事件ではないだろうか。

 しかし、内閣府の2014年の調査によれば、実際に全く知らない人から無理やり性交されたというケースは11.1パーセント。多くは顔見知りから被害を受けるケースなのだ。警察に相談に行く被害者は全体の4.3パーセントにしか及ばず、そのうちの半数は、見知らぬ相手からの被害だ。

 顔見知りの相手から被害を受けた場合は、警察に行くことすら難しいことがわかる。そしてもし犯行時、被害者に意識がなかったら、今の日本の法制度では、事件を起訴するには高いハードルがある。

 私のケースがそうだったように。

 生きていると、本当にいろいろなことがある。想像もしていなかったこと、テレビの中の話、遠い誰かの身に起こった話だと思っていたようなことが。

 私は、ジャーナリストを志した。アメリカの大学でジャーナリズムと写真を学び、2015年の帰国後は、ロイターのインターンとして働き始めた。そんな矢先、人生を変えられるような出来事があったのだ。

 これまでおよそ60ヶ国の国々を歩き、コロンビアのゲリラやペルーのコカイン・ジャングルを取材したこともある。こうした話を人にすると、「ずいぶん危ない目に遭ったでしょう」と訊かれる。

 しかし、こうした辺境の国々での滞在や取材で、実際に危険な目に遭ったことはなかった。私の身に本当の危険が降りかかってきたのは、アジアの中でも安全な国として名高い母国、日本でだった。そして、その後に起こった出来事は、私をさらに打ちのめした。病院も、ホットラインも警察も、私を救ってくれる場所にはならなかった。

 自分がこのような社会で何も知らずに生きてきたことに、私は心底驚いた。