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「今さら地元に帰ってもね…」成長するアジアで夢を掴もうとバンコクへ渡った女性に迫る“皮肉な現実”

『だから、居場所が欲しかった。』より #1

2021/06/30
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タイでも転職を繰り返し、結婚への焦りも

 スパの受付を辞める友達の代わりにその仕事に就くと、スパでの勤務とタイ語学習を両立させた。ところがスパの就労条件に納得がいかず、数カ月で退社。次に旅行代理店での職を得たが、それは勉強を続けたタイ語の能力が評価された結果でもあった。

 結婚に対する焦りも少なからず募っていた。地元の友達が結婚したというニュースも次々に入ってくる。

「ヤバいって思います。田舎ですからみんな20代後半までには結婚しますよね。周りで結婚していないのはあと数人しかいないんです。結婚願望はありますよ」

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 村上はバンコクで発行されている情報誌に「彼氏募集」の寄稿をしたことがきっかけで1年ほど日本人男性と交際を続け、同棲までしたが、だんだんと会話がかみ合わなくなり別れてしまった。

「だから結婚についてはもう流れに身を任せるしかないかな」

 私が村上に取材したのは旅行代理店で働き始めてまだ1カ月足らずの頃だったが、アパートを1年契約で借りてしまったことから、少なくともあと1年はいる予定だという。

「今はまだ試用期間なんで1カ月に8日間の休みがあるんですけど、社員になったら6日間に減るんです。それで月給3万5000(バーツ)スタート。それだと正直どうなのかなと思いますね。あんなに嫌がっていたコールセンターの待遇と大して変わらないなあと」

写真はイメージです ©iStock.com

それでもバンコクに留まらせる、日本の地方都市の現実

 バンコクでも悩み続け、漂流する「アラサー」と呼ばれる人たち。

 村上の場合、すべては地方コンプレックスから始まった。美大に落ち、やりたいことや夢も特になかった。都会生活への憧れから、福岡、地元、愛知、東京へと次々に居を移し、現在はバンコクでも職場を転々としている。地に足が付かず、浮き草のような軽さがある反面、33歳という年齢を考えると、このまま漂流生活を続けるわけにはいかないという焦りは募る。村上の胸の内には、じわじわと不安が押し寄せているようだった。

「今、33歳でここにいて、今後どうするんだろうって。結局20代の頃と何も変わっていないなあ。でも今さら地元に帰ってもね……。そんなの嫌ですよ! 来年の34歳の時点に乞うご期待です。本当にどうなっているんでしょうかねえ」

 村上の地元の1時間あたりの最低賃金は、コールセンターで働いていた時の時給約200バーツとほぼ同額。物価はタイの方が安いから、それだけを考えても日本に戻る必要はもうないのかもしれない。

 訪れるたびにビルやショッピングモールが次々と建設され、経済成長を続けるタイの首都バンコクと日本の地方都市。両者の経済格差が狭まりつつある現実が皮肉にも、村上をバンコクに留まらせているようだった。

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