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小説家・桜木紫乃が覚悟を決めて書いた“書き手と編集者の話”

著者は語る 『砂上』(桜木紫乃 著)

『砂上』(桜木紫乃 著)

 北海道江別市。小説の主人公・柊令央(ひいらぎれお)と作者・桜木さんがともに暮らす街だ。

「令央が働くビストロも江別駅前に実際にあるんですよ。直木賞をいただいた後、身辺が慌ただしくなって、食事をしていても砂を噛んでいるような気しかしない日々が続きまして。ある日、おいしいものを食べたいな、とこのお店に入った。支払いを終えて外に出た時、景色が違って見えたんです。私、まだこの街に居ていいんだな、と思えました。もちろん、豹柄ガーターベルトの人妻と遊んでいるシェフは現実にはいません(笑)」

 令央は40歳、元夫からの慰謝料と中学の同級生が営むビストロの手伝いで生計をたてている。実母が遺した木造一軒家に一人暮らし、小説等の投稿を続ける冴えない日々。異変をもたらしたのは、編集者・小川乙三(おとみ)の来道だった。令央は彼女の属する女性誌の「母娘エッセイ大賞」に応募し、最優秀賞を逃していた。乙三はのっけから「主体性のなさって、文章に出ますよね」と切り出す。令央の過去の新人賞応募原稿まで読んでいた乙三は、2年前の作品「砂上」を叩き台に、一度本気で自分にしか書けぬ小説を書いてみろ、とけしかける。

さくらぎしの/1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞受賞。07年『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞受賞。『それを愛とは呼ばず』『起終点駅(ターミナル)』『ブルース』等著書多数。

「書き手と編集者の話を、と思ったのは5、6年前です。一度しか切れないカード。書けたら人として恥ずかしいし、書けなければ書き手として恥ずかしい、そういう題材です。原稿料は恥掻き料ですから、このテーマで書かせてくれる担当編集者を信頼し、覚悟を決めました」

 作中作「砂上」のヒロインは16歳で娘を産み、赤ん坊は自分の妹として育てられる。それは令央の実体験だった。他人はあなたの人生に興味はない、不思議な人ではなく人の不思議を書け。第二稿、第三稿と乙三のダメ出しは続く。書く為に、令央は元夫から恐喝まがいにせしめた手切れ金で、静岡の助産院で出産した自身の過去に遡ろうと浜松の砂丘に行く。桜木さんも実際に、妊娠7カ月の編集者と、中田島砂丘を歩いたという。

「砂丘に雪が降ると北海道と同じ景色だなぁと思いました。取材は苦手なのですが、行ってよかった。金色の砂が採れる場所がある、と現地で教えてくれる人がいて。この目で見るため、2度足を運びました。この話に会いに私は来たのだ、と思ったんです」

「書く女」と「読む女」の鋭い対決と連帯。美しく不穏な女性小説の誕生だ。

『砂上』
北海道・江別市で1人暮らす柊令央は、妹(実は娘)・美利から「プライドない」と嘲られながらも、元夫からの月5万円の慰謝料とビストロでのバイト代で細々と暮らしている。亡母・ミオは令央と美利を年離れた姉妹として育てた。令央の生ぬるい生活は文芸編集者・小川乙三の来訪で徐々に変わってゆくのだった。

砂上

桜木 紫乃(著)

KADOKAWA
2017年9月29日 発売

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