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連載この鉄道がすごい

杉山 淳一
2017/10/29

特急「A列車で行こう」――こだわりぬいたハイレゾ音源に浸る、まさに走るジャズバー

熊本発。乗り鉄、呑み鉄、おとな旅。

「A列車で行こう」といえば、スタンダードジャズの名曲『Take the 'A' Train』だ。

 JR九州の特急「A列車で行こう」のテーマもジャズ。出発から到着まで、車内放送でずっとジャズを流している。JAZZといえばBAR、そして酒。その期待にもしっかり応えて、2両編成のうち1号車にはバーがある。つまりこの列車は、酒を楽しみ、ジャズと列車の揺れに身を任せる、走るジャズバーというわけ。アダルトな紳士淑女にお勧めしたい列車である。

内装にもこだわりが ©杉山秀樹/文藝春秋

 熊本駅と三角(みすみ)駅の間、36.5kmを約40分かけて走っている。臨時列車扱いで、週末や休日などに1日3往復が設定されている。

 車両の外観も大人びている。ブラック&ゴールド。繁華街から路地に入った奥にある、秘密の隠れ家を連想する。

ブラック&ゴールド配色のキハ185系 ©杉山秀樹/文藝春秋

 この車両は国鉄時代に作られた「キハ185系」という特急形車両を改造して作られた。古い車両でも内装は美麗。デザインのテーマは「大航海時代のヨーロッパ文化」だという。調度品は木材と艶やかな柄のファブリック。ステンドグラスが美しい。古い雑居ビルの片隅で、店主のこだわりをデザインした洒落た空間という感じ。

非日常空間への入り口 ©杉山秀樹/文藝春秋

 いったん指定席に座ったけれど、いそいそとバーコーナーへ行ってみる。カウンターの中で女性バーテンダーがテキパキと注文に応えていた。名物はデコポン果汁入りの「"A"ハイボール」だ。甘さを控えたスッキリとした味わい。柑橘の香りが爽やかに立ち上る。1杯目はカウンターの向かいのソファで、2杯目は自分の席に持って行く。流れ行く車窓の風景と音楽がシンクロする。身体がシートに沈んでいく。この心地よさ。

カウンターには女性バーテンダーの姿が ©杉山秀樹/文藝春秋

 楽しみかたは人それぞれだ。ノンアルコールで駅弁を開く女性グループもいらっしゃる。福岡から来た、お子さんの保育園のつながりで仲良くなったママさんたち。子どもたちが成長したあとも、ときどき集まって旅をするという。

 視界いっぱいに青い海が広がった。御輿来(おこしき)海岸という景勝地だ。カウンターにいた女性バーテンダーがやってきて、車窓の風景を解説してくれる。干潮と満潮の差が激しく、干潮時は美しい縞模様が現れる。今日は満潮の青い海。どんな模様かと訊ねようとしたら、すでに写真パネルを構えていて見せてくれた。日本の渚百選に選ばれたそうだ。なるほど美しい。干潮の時期、夕日の時間にあらためて乗りたくなった。