「間もなく第六長良川橋梁に差しかかります」。そうアナウンスが流れると、観光列車は速度を落とす。アテンダントの橋本恵理子さん(41)が車窓をのぞき込んだ。
「この鉄橋からは、雪に覆われた大日ケ岳(だいにちがたけ=標高千七百九メートル)、その向こうに白山(同二千七百二メートル)が見えるんですよ」
全長百六十六キロメートルの長良川は、大日ケ岳に源流を発して伊勢湾に注ぐ。その最も美しい中流を、右に左にまたぎながら走るのが第三セクターの長良川鉄道、略称「長鉄(ながてつ)」だ。岐阜県美濃加茂市の美濃太田駅から同県郡上(ぐじょう)市の北濃(ほくのう)駅まで、七十二・一キロメートルを三十八駅で結ぶ。始発の美濃太田ではJR高山本線などと接続するものの、終着の北濃から先に鉄路はない。
「田舎」を走る行き止まりの路線。御多分に洩れず赤字経営だ。いつ廃線になるとも限らない。そこで長鉄は勝負に出た。十一両しか保有していない車両のうち、二車両を観光列車に改造したのである。「ながら」と名付け、二〇一六年四月二十七日に運行を始めると予約が殺到した。じり貧の生活路線を、観光という目で見ると、意外な活路があった。
デザインはJR九州の観光列車「ななつ星in九州」などで注目されている水戸岡鋭治さんが担当した。岐阜県産の木材をふんだんに使った内装で、沿線の特産品展示コーナーも設けている。車体は深い赤。長良川の青と、山々の緑に囲まれて、走り抜ける姿が印象的だ。
運行は金土日曜日と祝日を基本にしている。午前十時四十五分、二両は連結して美濃太田を出発する。定員三十八人の先頭車両は、運賃に五百円プラスするだけで乗れる「ビュープラン」用だ。食事は出ない。後ろの定員二十五人の車両は「ランチプラン」用で、昼食付き一万二千円。約一時間半で郡上八幡駅(郡上市)に着くと、ランチプラン車両は運行を終了し、ビュープラン車両だけが北濃まで往復する。この車両が郡上八幡まで戻って来ると、新たな昼食を積み込んだランチプラン車両(金曜の復路はスイーツプラン)と連結し、美濃太田を目指す。
私が乗ったのは復路のランチプランだ。郡上八幡の旧邸宅でイタリア料理店を開いている小口明廣さん(70)の「お膳」が出る。
小口さんは地元の食材にこだわるシェフだ。生産者に会い、生産現場を見て、納得した物だけを直接仕入れる。長良川には格別の思いを持っていて、「郡上の人間は長良川と切っても切り離せません。大日ケ岳に降る雨で命をつなぐ獣、流域で収穫される農作物、清流で育つ魚。これらを食べて暮らしているのです。風景だけでなく、舌で長良川の奥深さを感じてほしい」と話す。
長良川は一五年、人の暮らしに密接な川であることが評価されて、世界農業遺産になった。その選定に関係する多くの外国人が小口さんの店で「長良川」を味わった。昨秋には皇太子御夫妻が訪れている。
長良川の魚と言えば、アユとアジメドジョウだろう。アユ漁はまだ解禁されていないので、この日はアジメドジョウのフリットが出た。生臭くなくて香ばしい。シカのテリーヌ、飛騨牛で包んだマスカルポーネ(イタリア産クリームチーズ)とフキノトウ……。膳が二つ出てくるうちの前半は冷菜が中心だ。もう箸が止まらなくなる。
食べ終わると、ちょうど大矢駅に着いた。十分間のトイレ休憩だ。
川沿いの中山間地を走る長鉄にはカーブしているホームがある。このため車両は特注で、通常より短い。その分、車内に便所を設置する長さがなくなった。観光列車を含めて、全車両に付いていない。
大矢駅のホームには、樹齢を重ねた枝垂れ桜がある。「すっごくきれいなんですよ。沿線には二千本の桜があります」と橋本さんが話す。
私は運転士の丸田仁平さん(31)が「運転席から見る桜は格別」と話していたのを思い出した。丸田さんは元大工だ。
「この地区は高齢化が進んでいるので、家の新築件数が減っています。大手住宅メーカーの下請けなら経営は成り立ちますが、伝統的な大工は食べていけません。だから知り合いの駅長に勧められて入社しました」と言う。二十三人の運転士のうち、元大工は二人いる。
大矢駅を出ると、今度は温かい料理の膳だ。カモのパイ包み、自然薯のグラタン、タケノコにキノコと、また箸が止まらない。仕上げは郡上柿をソースに使ったデザートだ。
駅舎に温泉が併設された「みなみ子宝温泉」駅を通過し、少し走ると長良川に板取川が合流する。
橋本さんが「お土産です」とペットボトルの水と郡上産ケチャップを持って来た。ペットボトルは板取川上流域のミネラルウオーターだ。同県出身のシドニー五輪金メダリスト、高橋尚子さんが給水に使い、一躍有名になった。ラベルは地元の関商工高校の生徒が「ながら」のためにデザインした。「関商工の生徒はアユをかたどった鮎菓子を作って車内販売したこともあります。いい子ばっかりなんですよ」と橋本さんは我が子のことのように目を細めた。
「ながら」は運行開始から十二月末までの乗車率が九八・五パーセントとほぼ満席だった。冬場は客足が遠のくので、同じ長良川流域の岐阜市の舞妓が乗車する特別列車を走らせるなどした。三月末までに全国から計二万人が乗車し、約二千万円の純利益を上げた。
二両の改造費は六千万円。七割は国の補助を受けたので、自己資金の千八百万円を借金した。「これを五年間で返す予定にしていたのですが、なんと借金を返しておつりがくるほどの黒字になったのです」と坂本桂二専務(69)は驚く。