昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

鳥集 徹
2017/11/23

<精神科医が語る座間9遺体事件♯1>「死にたい」と言うヤツに限って死なないというのは迷信だ

若者の自殺に詳しい松本俊彦さんに聞く

 神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった。事件が発覚する発端となった被害者(23)は自身のTwitterで「♯自殺募集」というハッシュタグを用いていた。SNS上で自殺願望のある女性を物色していた白石隆浩容疑者だが、逮捕後、「本当に死にたいと考えている人はいなかった」と供述している。これに対し、ネットでは「死にたいと思っていないのにそんなことを書き込むなんて自業自得ではないか」「本気で自殺する人は死にたいなどと言わない」という声も一部であがった。一方、菅義偉官房長官はTwitterの規制について検討の対象になるだろうと見通しを述べている。

 被害者はなぜSNS上で「死にたい」というメッセージを発したのだろうか。自殺や自傷行為、薬物依存に詳しく『もしも「死にたい」と言われたら』『自分を傷つけずにはいられない』などの著書がある精神科医の松本俊彦さんに「文春オンライン」や「週刊文春」でおなじみのジャーナリスト鳥集徹さんが聞いた(全3回の1回目)。

◆◆◆

──長年自殺や自傷行為の研究に従事され、実際に生の患者さんの声を聞いてきた精神科医として、今回の事件をどのようにとらえていますか。

松本 まず最初にお断りしなきゃいけないのは、座間の事件に関して僕は必ずしも厳密に情報収集ができているわけではないし、そもそもわからないことがまだ多い。被害者の遺族感情も考慮しなくてはいけない。だから事件そのものについて論じる能力は僕にはないと思ってるんです。

 ただ、僕自身が個人的に非常に危惧しているのが、時々ネットなんかで見かけるんだけど、「だから死ぬ死ぬって言ってるヤツに限って死なないんだ」という風潮です。「死にたい」なんて口にするのは単なる「かまってちゃん」なんだという。

──「実際に自殺した人は何も言わずに死んでしまった。本気で死にたい人は死にたいなんて言わない」という声がありますね。

松本 「死にたい」と口にしたことのある人は、そうでない人よりも、将来、実際に自殺行動を起こしたり、その結果死亡したりする統計学的な確率は明らかに高い。このことは、さまざまな学術的研究によって証明されており、科学的な事実と言っていいものなんです。

自殺者は直前には「死にたい」と言わなくなる人もいる

──ではなぜそういう誤解が生まれてしまうのでしょう。

松本 私自身が関わった研究ですが、およそ100人の自殺で亡くなった方々のご遺族に詳細な聞き取り調査をしたことがあります。細かく見ていくと、やっぱり多くの人たちは「死にたい」ということを生前に言っている。言っているんだけど、そのタイミングが3か月前とか半年前のことが多いんです。もちろん直前まで「死にたい」と言っている人もいるんだけれど、直前は「死にたい」とすっかり言わなくなって家族が安心しているケースも多いんですね。

松本俊彦さん ©杉山秀樹/文藝春秋

──なぜ直前になると「死にたい」と言わなくなるんでしょうか?

松本 自殺者の心理を言えば、自分の今置かれている苦境から脱するにはもう自殺しかないと思い詰めているわけです。万策尽き果ててしまって、自分に残された唯一楽になる方法は、一切の意識活動を停止することしかない、と思っている。もう苦しくてしょうがない、この苦しみから逃れるには死しか残されていないと。その自分が楽になる計画を、誰かに邪魔されて頓挫することを避けるために、自分の気持ちや計画を周到に隠すようになるんですね。それで親しい人の前では、ことさらにいつもと同じように振る舞ってみせたりする。

──なるほど。

松本 それに、死ぬと腹を決めると、少なくない人たちが、なにかすっきりした表情になることがあるんです。われわれも月曜火曜の夜よりも、仕事が終わった金曜の夜の方が1週間の疲れが溜まってるにもかかわらず、いい顔をしてると思うんです。自分は死ぬんだと腹を決めると、あと数日で自分のこの苦しさも終わると思って、ちょっと肩の荷がおりたような気持ちになるんですね。それで逆に周囲が気づきにくくなり、「最近は元気そうだったのに」とショックを受けたりするんです。