文春オンライン

<精神科医が語る座間9遺体事件♯2>「命を大切に」と説く教育は自殺防止になるどころか有害だ

若者の自殺に詳しい松本俊彦さんに聞く

2017/11/23
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 神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった事件。被害者の女性はSNSで「死にたい」と発信して、白石隆浩容疑者の毒牙にかかった。これを受けて、菅官房長官がTwitterの規制を検討する可能性を示唆するなど、ネットの規制強化や効果的な自殺防止策を行政や教育に求める声も大きい。そこに潜む問題点や危険性を、若者の自殺に詳しい精神科医の松本俊彦先生に聞く第2回。聞き手は「文春オンライン」や「週刊文春」でおなじみのジャーナリスト、鳥集徹さん(全3回の2回目)。

♯1「『死にたい』と言うヤツに限って死なないというのは迷信だ」から続く

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──日本は青少年の自殺が先進国の中で多いといわれています。今年の政府発表では、世界各国の自殺死亡率の比較において日本はワースト6位、女性はワースト3位でした。平成28年の死因を分析すると、15~39歳の死因第1位が「自殺」です。他の先進国では若者の死因の第1位は「事故」が多いですね。

松本 日本では中高年に比べて若者の自殺は横ばいだったり、微増だったりしていて、少子化のことを考えたら、むしろ自殺率そのものは増えているんじゃないかといわれています。しかし、行政が保健所や精神保健福祉センターなどで自殺対策の啓発的な講演会をやっても、来てくれるのは中高年以上の世代ばかりで、若者が訪れることはまれです。そもそも、保健所にしても精神保健福祉センターにしても、若者にとってはとてもじゃないですが、身近な場所とは言いがたい。電話相談などもなかなかつながらなかったり、運良くつながったとしても、肝心の聞き手が年配の人であることが多かったりします。

──SNS上でハッシュタグで「♯自殺募集」と呼びかけたり、「死にたい」と見ず知らずの人に訴える心理とはどういうものなんでしょうか。

松本 僕の勝手な推測なんですけど、リアルな世界の中では、本音で死にたいということが言いやすい環境がなかった可能性があると思います。リアルな人間関係で死にたいなんて言うと、一般的な人間の反応は、動揺して頭ごなしにその気持ちを否定しちゃったり、安易な励ましをしてしまったりする。そんなウザい反応をされる現実世界よりも、SNSの方が本音が言いやすいのかもしれません。自分が「死にたい」と言うことで相手に気を使わせてしまうのが申し訳ない、と過剰に空気を読む傾向もあるでしょう。やはり匿名という安心感もあるのだと思います。

絶対にやめてもらいたいのは「死にたい」という言葉をすぐ削除すること

──白石容疑者は、ハンドルネームを使っていたから被害者の名前もわからない、3人目からは顔も覚えていないなどと供述していますね。

松本 ただ、SNSよりちょっと前の世代で、ネットで自殺系の掲示板やサイトが流行ったじゃないですか。これも集団自殺のきっかけになるということで社会的な批判を受けた時期がありました。しかし、若手心理学者の末木新君が大学院生時代に行った研究では、実は自殺系の掲示板で救われている人がけっこういたということが指摘されていました。一見、不思議な話ですが、「死にたい」っていう言葉に反応して「実は俺も」という人と出会う。つまり、「死にたい」という言葉を介して人と繋がり、孤独が少しだけ緩和され、なかには立ち直っていく人がいるのかもしれない。

──そうなんですか。

松本 そういうこともあるんだなって僕は思ったんです。「死にたい」で繋がって、始まる人生もあるかもしれないと。東大の小児科医でご自身も脳性麻痺の当事者である熊谷晋一郎先生の言葉に「希望とは絶望を分かち合うことだ」というのがあって、僕はこの言葉をよく思い出すんです。だって、どうにも解決しようもない困難な問題って世の中にはたしかにあると思うんです。

──なるほど。それってすごくわかるような気がします。例えば乳がんなどでも、乳がんの患者会で病気を経験したもの同士で話すことによって、人にはわかってもらえないことがわかり合えてすごく救いになったということをおっしゃる方がいますね。

松本 だから人生において最悪なことは、ひどい目にあうことじゃなくて、ひとりで苦しむことなんじゃないかっていう気もするんですよ。

松本俊彦さん ©杉山秀樹/文藝春秋

──今回のような事件があると、どうしてもSNSの負の面やダークサイドが取り上げられ、悪用を防止し、再発を防ぐために規制を強化しようという声が高まりますね。

松本 少なくとも絶対やめてほしいのは、「死にたい」っていう言葉を書き込んだら即座に削除するということです。これは絶対にやめてほしい。誰かの心の叫びやSOSに蓋をし、「何もなかったことにしてしまう」のはいけない。

薬物依存症の患者が「孤立したときに一番優しく話を聞いてくれたのはクスリの売人だった」

──なるほど。それにしても、容疑者が非常に短い期間に、これだけ多くの女性を誘い出すことに成功したことは衝撃的です。

松本 もしかすると、リアルな世界では優しく声をかけたり、話を聞いてくれたりする人が周囲にあまりいなかったのかもしれません。一番優しくて、自分の話を親身に聞いてくれたのが今回の容疑者だったということもありえます。

 よく薬物依存症の方が言っているんです。自分が覚せい剤をどうしてもやめられなくて、周囲からも孤立して苦しくて淋しくて仕方がないときに、一番自分の話を聞いてくれたのはクスリの売人だったと……。そうすると売人との関係が切れないじゃないですか、淋しいのは嫌だから。

白石隆浩容疑者のものと思われるTwitterのアカウント ©時事通信社(ツイッターより)

──高齢者を狙う詐欺集団も、おじいちゃんおばあちゃんの話を優しく聞いてあげるっていいますね。

松本 今回の容疑者のような人間は「死にたい」という弱った人の書き込みに対して、非常に素早く反応し、周囲から見えないようにダイレクトメッセージでやりとりしていると思うんです。そうするともうこちらは勝ち目がありません。

 かといって、「死にたい」と言える場所を奪うことは決して解決にはならない。むしろ安心して「死にたい」と言える場所を作ってあげることが大切なんじゃないかと思うんです。「死にたい」と誰かがSNSで呟いたときに、「手伝ってやるよ」とか「どんどん死ね」というような心無い書き込みをする層は必ずいるでしょう。甘いと言われるかもしれないけれど、それに対して一言でも「そんなことを言うのはおかしい」「ダサいよ」と言ってくれる人がいたら、それで救われる命があるはずなんです。