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<精神科医が語る座間9遺体事件♯2>「命を大切に」と説く教育は自殺防止になるどころか有害だ

若者の自殺に詳しい松本俊彦さんに聞く

2017/11/23
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「産んでくれてありがとう」「自分を大切に」という教育への絶望

──「自殺予防教育」というと、命の大切さ、尊さを教えたり、「お父さん、お母さん、産んでくれてありがとう」と感謝の気持ちを持つことで「自分を大切にしましょう」と子どもたちに伝えようということがさかんに言われますね。

松本 自殺リスクの高い子たちは、養育者や友達からこれまでたくさん殴られていて、全然大切になんかされてこなかった子がすごく多いんです。養育者にも「あんたなんか産まなきゃよかった」って罵られて育ってきている。そんな子どもたちに、「死にたいなんて思うのは産んでくれたことに対する感謝の気持ちが足りないからだ」とか、「リストカットなんかするヤツは不道徳だ」なんて言っても意味がないどころか害悪です。「命の大切さ」なんて言葉は気休めにもなりません。

 彼らは「人に助けを求めても無駄だ」と絶望している。そんな子どもたちに美辞麗句を並べ立てても、教える側の自己満足に過ぎません。ますます自分のことを、恥ずかしい、異常なんだと思わせて追い詰めてしまうだけです。

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 彼らに必要なのは、道徳教育ではなくて健康教育です。それは1割の少数派の子どもたちに「辛い気持ちに襲われたときどうやって助けを求めたらいいか」を教え、9割の多数派の子どもたちに「友だちが悩んでいたら、どうやって信頼できる大人につなげたらいいか」「そもそも信頼できる大人はどこにいるのか」を教えることです。

虐待を受けた子は赤ちゃんを抱っこする実習で殺意を覚えることもある

──命の大切さを教える教育では、「死にたい」という子がいたら、温かくギュッと抱きしめてあげようなどと呼びかけたりもしていますね。

松本 でもね、命の大切さを伝えるために、赤ちゃんを抱っこする実習があるでしょう。虐待を受けた子たちは、ギャンギャン泣いてる赤ちゃんを見ると、腹が立ってきて殺したくなってきちゃうんですよ。

──……。

松本 だって自分が幼い頃は、こんなふうに泣けなかったんだという記憶があるから。

──切ないですね。

松本 だからそういう風に、幸せに、愛されて育ってきた人たちの価値観で、困ってる人を上から救おうとするのはどうなのかな、って僕は常々思っているんです。まぁ僕らは仕事柄不幸な話ばっかり聞いているから、世の中とちょっと軸がズレてるのかもしれないけれど。

 以前、僕は学校で薬物乱用防止のための講演をしていたんです。僕もいわゆる「ダメ。ゼッタイ」的な話をしていて一定の手ごたえを感じていました。ある時、覚せい剤で少年院に入った子に「学校で薬物乱用教育はなかったの?」と聞いたんです。そしたら、「ありましたよ。警察官が来て『人間やめますか、覚せい剤やめますか』とか言っていました」と。その子の父親は当時、覚せい剤で刑務所に入っていた。「親父は人間じゃないんだ。そんなヤツの息子なんだから俺も人間じゃねぇよな」と自暴自棄になって自ら覚せい剤を使ったのだと彼は言っていました。

 僕はその話を聞いてものすごくショックを受けたんです。僕の講演を聞いた子たちの9割は「薬物の怖さがよくわかりました」と言ってくれるけれど、その子たちの大半は僕の話を聞かなくても薬物なんか一生使わないでしょう。僕の講演は、残りの1割のリスクの高い子たちに対して、むしろ彼らを孤立させ、追い込むようなものではなかったかと……。自殺防止教育もそれと同じことだと思うんです。

被害者が通っていた福島県内の高校に全校集会のため登校する生徒たち ©共同通信社

♯3 「自立とは依存しないことではなく、依存先を増やすことだ」に続く

松本俊彦(まつもと・としひこ)

国立研究開発法人 国立精神・神経医療センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業後、国立横浜病院精神科、神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部付属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 司法精神医学研究室長、同自殺予防総合対策センター副センター長を経て2015年より現職。日本アルコール・アディクション学会理事、日本精神科救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

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