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黒田 創
2017/12/08

元ホエールズ・高木由一が住んでいた「とっつぁんアパート」の現在

文春野球コラム ウィンターリーグ2017

登戸駅裏の「とっつぁんアパート」

 手元に『昭和54年度版 プロ野球大百科』という本がある。2年前、妻の実家に帰省した折に本棚で見つけたのだが、カバーはなく表紙もボロボロ。中は義兄のものと思しきマジックの書き込みだらけだ。これは1970~80年代に人気を博した「ケイブンシャの大百科シリーズ」の一冊で、文庫サイズながら400ページ超の大ボリューム。他は怪獣や特撮、鉄道やオカルトなど当時の小学生男子が好きそうなジャンルを網羅しており、ヤフオクだとモノによっては万単位に吊り上がる。

 内容は各球団40人前後の選手写真と紹介文がメイン。あとは記録集や戦力分析、大リーグ情報などが載っている。チビッ子ファンにとってはプロ野球の知識を得られる貴重な一冊であり、毎年その年度版が発行されていたので、これで選手のデータを覚えた人も多いはずだ。昭和54年版ということは、大洋が横浜に移転して2年目。前年のルーキー遠藤一彦や屋鋪要の初々しい表情が並び、齊藤明雄の紹介文には「小学校の時、奈良の大仏を描き、金賞を射とめました」なんてほっこりエピソードも。

 読み進めると高木由一の欄で目が留まった。住所に「川崎市多摩区登戸×××× 〇〇荘」とあるのだ。当時は個人情報保護の概念が薄く、この手の名鑑に選手の住所や家族構成まで記されていた牧歌的な時代だが、前年に2年連続となる打率3割2分台をマークし、23本塁打、80打点を挙げた中軸打者が夫人、2人の幼な子と一緒に川崎北部の静かな町でアパート暮らしをしていたことに、現在同じ区内の隣町に住む筆者は親近感を覚えたのである。

「とっつぁん」こと大洋・高木由一 時事通信社

 野球部のない高校で自らメンバーを募って部を作り、卒業後は相模原市役所に就職。冷やかしで受けた入団テストで青田昇に打撃を買われまさかの合格。叩き上げでオールスター出場まで果たし、晩年は代打の切り札として渋い活躍を見せた“とっつぁん”こと高木由一。昭和52年までの本拠地は川崎球場で、練習場は現在の等々力競技場のあたりにあったから、どちらにも通いやすい登戸に居を構えて横浜移転後も住み続けていたのだろう。その後はもっと広い家に引っ越したであろうことは想像できるが、ほんの一行書かれた住所に、高木由一という人物の人となりが表れている気がしたのだ。

 後日、小田急線の登戸駅から自宅まで帰ろうとしていた時のこと。駅の裏側に抜けて小道を歩いていると、今まで気に留めなかった看板が目に飛び込んできた。

【○○荘】

 まさしくここは「とっつぁんの住んでいたアパート」じゃないか。背後にはやや古びたアパートが建っており、ちゃんと人も住んでいる。自分の生活圏内、しかもしょっちゅう通る道のそばにそんな痕跡が残っていることに驚き、筆者はその場でしばらく「とっつぁんアパート」を眺めていた。