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「ものまねが本物を復活させるって、何なんだよ(笑)」評論家・中野剛志と作家・適菜収が語る、ものまね界の“人間国宝”コロッケの凄さ

『思想の免疫力 賢者はいかにして危機を乗り越えたか』より #2

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中野 荒牧陽子はうまいですよね。でも、笑いが足りない。最近だと、松浦航大(1993-)という若者は、恐ろしく似ている。

適菜 そうですか。

中野 うん。ものすごくうまい。

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適菜 私より先、行ってますね。中野さん。

コロッケは美川憲一を復活させた

中野 松浦航大は、難しい歌をきちんと唄える。もともと、本人も歌手で、平井堅(1972-)とか米津玄師(1991-)の難しい歌を音程を外さずにそっくりにやるわけ。だけどね、最初聞いたときに感心したけれど、面白くないんですよ。やっぱり円熟するには、言っていないのに言っていると思い込ませるとか、そういうところまで行かなければならない。

 コロッケがすごいのは、美川憲一(1946-)を復活させたでしょう。ものまねが本物を復活させるって、何なんだよ(笑)。

適菜 本物の芸能人は、ものまねの対象ではなくて、ものまね芸人のほうですよ。対象はある意味、ジャリタレも多い。だから、ものまねをしているほうが本質的な芸を見せている。それができないと、単なる上手なカラオケになってしまう。ビジーフォーも栗田貫一(1958-)も私はあまり評価していません。清水アキラ(1954-)は、まだ面白いからいいですけど。

中野 子供の頃、ものまね王座決定戦みたいなテレビ番組で、清水アキラがテープ芸をやっていていましたが、その極致が春日八郎(1924-91)のまね。

適菜 「死んだはずだよ、お富さん」ってね。

中野 あれを初めてテレビで見たときは、本物の春日八郎が出てきたと本気で思っちゃった。こっちに近づいてきて、顔中にテープが貼ってるのを見て、目を疑いました。審査員も当然爆笑していて、野口五郎なんか笑いすぎて過呼吸になっていた。芸が終わった後に司会者が「野口さん、どうでしたか?」ってコメントを求めたら、「僕、こんなくだらないことで死ぬのかと思いました」って真顔で言ってた(笑)。

 昔のものまね番組で、司会の研ナオコ(1953-)がよく、デフォルメをやりまくるものまね芸人に、「ばか!」って言うんですね。それが最高に面白い。ばかをやるのに必死というものまね芸人の素晴らしさ。昔の記憶だから正確ではないかもしれないけど、淡谷のり子(1907-99)先生が審査員でいて、清水アキラの下品な芸が大嫌いで、いつも清水を叱っていた。清水が勝てないのは、淡谷のつける点が極端に低いからなんですね。

清水アキラ氏 ©文藝春秋

 それなのに、清水はあろうことか淡谷のものまねまでして、当然、こっぴどく怒られていた。淡谷を挑発して怒らせて、笑いを取ってるんですよ。ところが、1回だけ、清水が真面目にものまねをやって、淡谷がいい点をつけたことがあった。そうしたら、何と清水は、感極まって泣き出したんですよ。私は「こいつ、命がけでふざけていたんだ」と思って、びっくりした。何なんだ、この世界はと。どうも自分の知らない、とんでもないやつらのすごい世界があるんだなって思いましたね。