前編では埼玉県内のベトナム寺を中心に紹介したが、後編では関西地方のベトナム寺とベトナムタウンを見ていこう。
かつてインドシナ難民の定住促進センターが姫路市にあった関係なのか、関西圏には1980~90年代に形成された古いベトナム人コミュニティがいくつも存在する。近年はそこにニューカマーのベトナム人が結びついて、新しいベトナムタウンを作る例が多いようだ。(全2回の2回目/北関東編から続く)
「翻訳されない」ベトナム街の寺《大阪府八尾市:福光寺》
大阪府八尾市もそんな街のひとつである。たとえば2021年5月に私たちが市内で立ち寄ったベトナム料理店「DONG AN」は、元難民の夫婦が経営する店だ。彼らはカトリックで、1983年にニャチャンの沿海部から船で脱出したらしい。かつてベトナムの社会主義体制を嫌って亡命した人には、旧南ベトナムの体制関係者とカトリックの信者が特に多かったのだ。
とはいえ夫婦は八尾の街にやってきて21年目(取材当時)、すっかり日本社会に溶け込んでおり、店内には地元の小学校の社会見学を受け入れたお礼の手紙が飾られていたりする。子どもたちはいずれも日本国内で高等教育を受け、日本の企業に就職したという。
いっぽう、近年のベトナム人の急増を受けて、八尾市のベトナムコミュニティも変わりつつある。たとえば2020年4月1日時点で、市内のベトナム人人口は2095人。これは前年比395人増であり、ついに在住中国人の数(2090人)を追い抜いてしまった。
この街のベトナム寺・福光寺(Chùa Phước Quang)は、一般家屋を改造して2015年ごろに建立されたらしい。私たちが訪れたときは、運悪く人が不在で詳しいことはわからなかったのだが、とはいえ住宅街のなかにいきなり出現するベトナム寺にはインパクトがある。
“ガチ越南”を味わえる店舗も増加中
付近ではニューカマー系のベトナム人住民向けの店舗も増加中だ。こちらは上記の「DONG AN」のように日本人客も想定している元難民系の店とは違い、ガチ越南……つまり、まったく日本人向けに翻訳されていない、ベトナム人によるベトナム人のためだけの店だ。
たとえば私が訪ねたベトナム人向けのカラオケ屋は、店内でほとんど日本語が通じない。しかも雑貨店を兼任しているという謎の多角経営や、店内で子どもが遊んでいる様子などが、実にベトナム本国っぽい感じだった。