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住職不在の空き寺が「居抜き」でベトナム寺に?…日本全国でジワジワ展開する”宗教世界の移民問題”

「ニッポンのベトナム寺」訪問記――北関東編

2022/04/05

 近年、日本社会ではベトナム人の増加がいちじるしい。2010年の法務省の統計では4万1781人だった在日ベトナム人人口は、いまや45万7645人(2021年6月現在)。ほぼ10年間で約11倍になった。在日外国人の国籍別人数でも韓国人を追い抜き、1位の中国人の74万9147人に次ぐ。

 ところで、近年になり急拡大を続ける在日ベトナム人社会の、「文化的拠点」はなにかご存知だろうか。それは寺院だ。ベトナムは社会主義国家なので、統計上は国民の70~80%が無宗教……ということになっているが、実際は仏教を信じる人がかなり多い。

ベトナム北部のモンカイ郊外にある寺院の本堂。ベトナムは東南アジアの国だが、中国文化の影響を受けた大乗仏教(北宗仏教)が強い。読経の際はベトナム語発音の般若心経を読み、僧侶が磬子や木魚を叩く。2019年6月25日、安田峰俊撮影。

 複数の証言を総合すると、在日ベトナム人の場合は「全体の6割くらい」が仏教を信じている。日本国内のベトナム寺は、1980年代に日本に渡ったベトナム難民を中心に平成初期から作られていたようだが、最近になり数が増えている。近年の在日ベトナム人の多くは、技能実習生などの出稼ぎ労働者であり、ベトナム寺は異国で故郷の雰囲気を感じられる貴重な場所だ。

 筆者は本来は中国ライターなのだが、近年は著書『「低度」外国人材』(KADOKAWA)をはじめ、在日ベトナム人の労働者や不法滞在者のコミュニティを追いかける機会も増えた。その取材過程で、いつしか数多く訪問したのが日本国内のベトナム寺だ。今回の記事ではそれらを紹介していこう。(全2回の1回目/関西編に続く

日本の寺院を「居抜き」《埼玉県本庄市:大恩寺》

 最初に紹介するのは埼玉県本庄市にある「大恩寺」(Chùa Đại Ân)だ。こちらは技能実習生問題についてテレビや新聞の報道があるたびに「技能実習生の駆け込み寺」という決まり文句で紹介される、おそらく日本でいちばん有名なベトナム寺である。

 住職は尼僧のティック・タム・チー(Thích Tâm Trí、釈心智)さん。大正大学大学院を経て国際仏教学大学院大学博士後期満期修了と、日本で仏教学を専門的に研究した経歴を持ち、もちろん日本語は非常に流暢だ。もともとは東京都港区内にある浄土宗系の寺院・日新窟(こちらも「技能実習生の駆け込み寺」報道で有名だ)を拠点に活動していたが、2018年1月に本庄市で自分の寺を開いた。

ベトナム語の経本を前に読経する在日ベトナム人。2021年10月4日。撮影:Soichiro Koriyama
大恩寺は在日ベトナム人の参拝者が絶えないほか、逃亡した技能実習生らが集団生活を送る。2021年10月4日。撮影:Soichiro Koriyama

 とはいえ個人的には、大恩寺のいちばん興味深い点は、技能実習生問題がらみの手垢のついた話ではなく、実は「寺」それ自体にある。大恩寺の建物は、もともと御嶽教(おんたけきょう)という伝統的な山岳信仰や修験道にルーツを持つ宗教(教団としての成立は1882年)の、児玉三太気(みたけ)教会という信仰施設だったのだ。

 御嶽教は神道系(教派神道)とはいえ、歴史的経緯から神仏習合的な性質が強く、本来は仏教の経典であるはずの般若心経を読んだり、不動明王を祀ったりもする。すくなくとも往年の児玉三太気教会の場合、ネットで見られる他の御嶽教教会と比較しても、たたずまいは神社よりもお寺にかなり近かったと思われる。

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