ヤクルトを去った伊藤智仁

 2017年10月3日、スワローズの神宮最終戦。試合後に真中満監督が胴上げされた。
その後、選手の輪がもう一度縮まった。その人の背中をぐいぐい押し込んだのは、ベテラン投手の松岡健一だ。伊藤智仁投手コーチは少々抵抗しつつも、最後には笑顔で選手の手に身を委ねた。ファンは涙で見送ったものの、本人はサバサバした顔で、伊藤智仁らしい潔い去り際だった。

 その時にはまさか、その2か月後にBCリーグの監督就任を発表するとは思わなかった。いつかどこかでまた会える、と漠然と思ってはいたが、よもやこんなにすぐイベントで何度も会えるとは。そして報道カメラの前でダブルピースする姿を見られるとは!

 私がヤクルトファンになったのは92年で、だからその年のドラフトで入団した伊藤智仁とは、ずっと一緒に過ごした25年だった。25年間で、いや今まで見た中で一番すごいと思うのは伊藤智仁で、あれ以上の投手はいなかった。折しもこの秋、長谷川晶一氏著の『幸運な男』という彼のこれまでを綴った本が発行された。故障してからの苦闘、人々との関わり、自分を「幸運」と言える強さ。投手としては無論だが、本当にすごいと思うのはその野球人生そのものだ。

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来季からBC富山監督に就任する伊藤智仁 ©HISATO

 12月5日の長谷川氏との発行記念トークイベントでは、富山GRNサンダーバーズ監督就任を発表してから初めての声を聞かせてくれた。

「『監督はやりたくない』と言っていたのに、何故監督に?」

 そう問われると、「体がユニフォームを欲した」のだと言う。NPBはどうしても勝利が優先になる。NPBの監督になりたいとは思わない。育成をしたい。新しいことにチャレンジしようと思った、とも。どんなタイプの監督になるか、という問いには「ノムさんのようにはなりませんよ! ノムさんよりは体が動くので」と答えて笑わせた。やはりこの人は野球が好きで、野球に関わって汗を流すのが好きで、野球から離れたくないのだろう。

 この日は長谷川氏がトークテーマを「93年の伊藤智仁」に絞っていたので、ルーキーイヤーの試合を本人の談を交えて振り返った。時にはノムさんや石井一久さん、果ては長嶋茂雄さんのモノマネまでも見せてくれる。金沢の次の巨人戦では「篠塚を抑えた!」とドヤ顔。さらには「落合さんを怖いと思ったことはない」としれっと言い放った。

長谷川晶一氏とのトークショー中の様子 ©HISATO

 ルーキー時代そのままの勝気な顔で語るかと思えば、今年のチームや選手を語る時には冷静な投手コーチの顔になる。伊藤智仁の様々な表情が見られる貴重な機会だった。元々茶目っ気はあるし毒もある。解説やコメンテーターでも見てみたいが、やはりユニフォームの方が似合いそうだ。

 BCリーグのチームについては、やはりNPBよりもレベルが低いだろうということ、NPBのレベルに達しない選手については、諦めさせるのも仕事だろうと言っていた。夢を見るのはいいが、現実も見せなければならないと。