絶対的なショートがいないタイガース

 何年前のことだろうか、行きつけの飲み屋に入ると顔見知りが「ショートでいいのは誰か」という議論をしていたので「鳥谷~!」と言いながら着席したところ、彼らの言うショートとは髪型のことだったらしく「は?」みたいな顔をされた。

 だけどそれでも鳥谷と即答できたことは、思えば幸せなことだった。もしも今、同じような場面に遭遇したら、いったい私は何と言えばいいのだろうか。鳥谷がサードにコンバートされ、大和がチームを去った今、阪神タイガースには絶対的なショートがいないのだ。

 秋季キャンプでは北條、西岡、糸原、植田らに加えて大山までショートの守備練習をしていたが、この中から打てて守れる誰かは出てくるだろうか。というか、出てきてくれなきゃ困るのだ。そうでなければ「ショートはもう一度、鳥谷でもいいのではないか」と無茶を言いたくなってしまう。そんな滅茶苦茶は、あってはならないとわかっている。しかし、もう一度ショートをと言いたくなる何かが、今の鳥谷には、ある。

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今シーズンからサードにコンバートされた鳥谷敬 ©文藝春秋

 まず今シーズンからサードにコンバートされた鳥谷がどうだったかというと、途中までは目も当てられない状態で、一日に何個もエラーをしているイメージがあった。もちろんそんなわけはないのだが、イメージだから仕方ない、とにかくサード鳥谷は心臓に悪く、このままでは毎日のように野次ってしまうと思った私は、やけくそで鳥谷貯金を始めた。鳥谷のプレーにムカつくたびに、野次の代わりに現金を、貯金箱に入れるのだ。タイガースに関する貯蓄には、もう何年も続けているメッセンジャー貯金がある。防御率がいいのにぜんぜん勝てないメッセンジャーが不憫で仕方なく、援護できずにごめんねと思うたびに金を入れる仕組みで、その金額は30万円を超えている。鳥谷貯金もバンバン貯まり、あまりに金が貯まるので、いったい鳥谷はどうなってしまうのかと私は毎日が恐ろしかった。

 しかしあるときからパタリと鳥谷貯金は増えなくなり、やがて入金することもなくなった。何が吹っ切れたのかぜんぜんわからなかったが、鳥谷は唐突に動きが良くなって、サードが板に付いてきた。6月には打率も3割に乗せてきたし、体ぜんぶで野球を楽しんでいるように見えた。そんな鳥谷を見るのは、実に3年ぶりであった。