今月21日、評論家・西部邁の自殺と見られる訃報が流れると、SNSでは西部が『私の死亡記事』(文春文庫)に書いた原稿が注目された。これは2000年に出版社が各界の102人に自分の死亡記事を創作するよう依頼し、それをまとめたもの(文庫化に際して12人を追加)。「カラス駆除中、転落死」するナベツネや、「若者グループと乱闘、死亡」となる筒井康隆らの死亡記事が並んでいる。
週刊文春の連載陣では、阿川佐和子は「昨夜遅く、自宅ベッドの上で死亡しているのを、弟、阿川淳之さんによって発見された」と書いており、執筆時には17年後に結婚するとは思ってもおらず、生涯独身の心積もりであったと見て取れる。また「人生エロエロ」のみうらじゅんは「最後のマイブーム『出家』で、高野山に籠るが帰らぬ人」となる。
ここで西部邁は「死因は薬物による自殺であります。銃器を使用するのが念願だったのですが」と記すのだった。
論敵を追悼するまでの時間
文春最新号では、「『拳銃がほしい』保守論客西部邁が漏らしていた自殺願望」で、その死と人となりを伝える。妻に先立たれたことや体調不良から、「親族や医者に頼らない自裁の実行を考えるようになったと思います」と知人は語り、「拳銃を手に入れるんだ」と周囲に話していたという。
また佐高信が取材に対して、こうコメントしている。
「議論を打ち切る『問答無用』ではなく、『問答有用』。お酒を片手に朝まで語り明かし、カラオケでは美空ひばりの『港町十三番地』を一緒に歌ったことが思い出です。議論好きであり、寂しがりやでもありました」
かつて佐高信は西部邁を論敵とし、激しく批判する。たとえば「噂の真相」に連載していた「タレント文化人筆刀両断」では、「舛添要一は『陽性バカ』(単純バカともいう)、そして西部は墓場から戻って来たような『陰性バカ』である」などと腐す。それが議論を重ね、時を経て、こうして追悼のコメントを述べるに至るのだった。
「はい論破!」などと、子供じみたふるまいをするのが当世の政治論議の仕方のようだが、それと反対の西部邁の「問答有用」である。